新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

サントリーミステリー大賞

 昭和の時代、江戸川乱歩賞を皮切りに日本推理作家協会賞などミステリー作家を目指す人たちの登竜門ともいうべきコンテストがいくつか出来上がっていた。サントリーミステリー大賞もそのひとつ。表看板は酒造メーカーだがバックにはメディアがいて、受賞作品は「土曜ワイド劇場」などで映像化される約束になっていた。

 

 今、その受賞リストを見てもあまり印象に残るものがないのは、映像化されてそのまま消えていった作品が多かったからかもしれない。その20回の選考の中で、2つの賞である大賞と読者賞のダブル受賞をしたのはこの作品だけらしい。作者の典厩五郎は、関西新聞などでキャリアを積んだ人で、この受賞の後も主に歴史ミステリーをいくつか書いている。

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 発表は昭和も押し詰まった1987年だが、時代設定は1967年。東京の夕刊専門の新聞社を舞台に、社の屋上から落ちて変死を遂げた同社の文化部長の死の謎を追う真木青年が、第二次世界大戦最大のスパイとも言われるリヒャルト・ゾルゲ関連の疑惑に巻き込まれる。

 

 ゾルゲはソ連のスパイで在日ドイツ大使の取り入り、ドイツの対ソ戦開始や日本がソ連と戦わず南進すること、果ては真珠湾攻撃の時期までをスターリンに告げたと言われている。スターリンがどこまでその情報を信用し活用したかは定かでないが、ゾルゲは結局日本で逮捕され死刑を執行されている。

 

 1967年はまだ戦後の色合いが残っていたころで、本書にもゾルゲ事件に直接関わりあった官僚などが、大学教授や企業幹部として登場する。死んだ部長の上司の新聞社常務奥平もそのひとり。文化部記者の真木青年は、常務の密命を帯びて部長の死の真相を探ろうとする。

 

 延々ゾルゲ事件の背景が語られるのだが、もうひとつのモチーフになっているのが映画。真木は「七人の侍」のような脚本を書きたいと思っていたが脚本家にはなれず、芸能記者になった過去を持つ。大映は「座頭市」や「眠狂四郎」でしか稼げない、などとすでに苦しくなり始めた映画業界の斜陽を嘆いている。

 

 作者の経験なのだろう、夕刊紙の政治部記者は原稿を書かないで儲ける稼ぎ頭だ、などとぎょうかいの内幕を教えてくれる。要は政治家や大手企業のスキャンダルを嗅ぎ出して「ご寄付」をいただくビジネスモデルである。良き昭和の時代の雰囲気にはたっぷり浸れる作品なのだが、大賞選考委員のコメントにもあるようにゾルゲ事件と部長の死のむずび付き方が期待外れである。ちょっと、残念賞というところかもしれない。