アリバイ崩しの系譜として、津村秀介や深谷忠記のが多くの作品を残している。この2人より前に、松本清張「点と線」を受け継いでこのジャンルに注力した作家を一人ご紹介しよう。鮎川哲也は「ペトロフ事件」でデビューした本格推理小説家である。本書は1966年の発表、題名となった「ながら」は東海道線を走っていた東京・大垣間の準急行である。
すでに東海道新幹線は開業していたが、寝台特急「さくら」はもちろん、準急「東海」も本書中の時刻表に記載されている。新幹線が通ると並走する在来線の特急・急行が全廃されたり、路線そのものが第三セクターにされてしまうようなことは当時は起こっていない。
上野広小路のレストランで、華道の師範の女性が毒殺された。さらに木曽川流域の各務ヶ原で対岸犬山市の土産物店主が刺殺される。2人とも身寄りの少ない、過去の分からない人物だったが、警察の地道な捜査でこの2人が兄妹だったことがわかる。2人は16年前の殺人事件の有力な容疑者とそのアリバイを証明した証人でもあった。2人は他人を装ってアリバイ工作をし、罪を逃れたと思われる。容疑者として、16年前の事件の被害者の家族が浮かび上がる。しかしこの容疑者、動機は十分だが鉄壁のアリバイを持っていた。アリバイを支えていたのは、1本の35mmフィルム。
容疑者が東京駅で「準急ながら」を背景に撮った写真が、同日土産物店主を犬山の店から誘い出す場に存在できないことを示していた。在来の東海道線はもちろん、新幹線でも、小牧空港への全日空機でも間に合わない。(小牧空港と犬山はすごく近い) このアリバイに挑むのは、捜査一課の鬼貫警部と丹那刑事。作者のレギュラー探偵である。
時刻表とアナログフィルム、この後何度も多くの作家によって扱われる組み合わせです。僕はこの2つとも大好きで、多少は詳しいと思ってる。この種のミステリーは、いくつ読んでもあきることはないでしょう。