新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ムルマンスク・コンボイ

 第二次欧州大戦にはいくつかの曲がり角があった。ひとつには、英国上空の戦いでドイツ空軍がイギリス侵攻の糸口をつかめなかったことである。もうひとつの曲がり角は、ドイツ軍がソ連に侵攻した後の、モスクワ・レニングラードスターリングラードの戦いだろう。これら重要都市を巡る戦いは長期化したが、結局ドイツ軍の力も限界に達し、敗退を始める。それを支えた主役は、アメリカをはじめとする連合国の対ソ連支援物資である。

 
 ソ連は人口が多く戦車や航空機など見るべき兵器もあったが、元来貧しい国であり兵士2人に1丁の小銃を持たせるのが精々。先頭の兵士が小銃を持って突撃するが、倒されると続く兵士(5発の弾丸クリップを一つだけ持っている)が小銃を拾って突撃を続けるわけ。この状態では、精鋭ドイツ軍に勝てるわけがない。
 
 元来共産主義国家であるソ連とは相容れないイギリス国民の中には、ソ連の支援には反対論も根強かった。チャーチル首相は「もしヒトラーが地獄に侵攻したら、私は喜んでサタンを支援する」と言ってソ連支援に踏み切った。
 
 さてその手段であるが、欧州大陸はほぼドイツ・イタリアに制圧されているので、北か南に迂回したルートを考えるしかない。南はトルコ経由かイラクからカスピ海を通すかだが、トルコは潜在的枢軸国であり露土戦争以降ソ連との仲は悪い。今でも、シリアがらみでいがみ合っているくらいだ。

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 イラクルートというのもいかにも遠い。ペルシヤ湾のバスラに揚げて砂漠を北上、バクーまで気の遠くなるような行程だ。そこで自然に目は北に向く。イギリス海軍の根拠地スカパフローからノルウェー沖を通ってスカンジナビア半島を周りソ連の港ムルマンスクまで海輸することになる。
 
 問題はノルウェーがドイツ占領下にあり、空軍基地があったり戦艦ティルピッツをはじめとする小規模だが強力な艦隊がいること、さらにUボートも出没する。その上厳寒の海であり、冬には全く陽が上らない。この輸送船団は「ムルマンスク・コンボイ」と呼ばれ、多くの犠牲をだしながらソ連を支え、連合国側を勝利に導いた。
 
 ダグラス・リーマン「輸送船団を死守せよ」は、まさにその物語。護衛艦を務めるトライバル級駆逐艦「ハッカ」が主役だ。トライバル級は、魚雷兵装を減らし砲撃力を強化したタイプ。「ズールー」「コサック」「エスキモー」など、民族の名前を冠している。もちろん「ハッカ」(客家?)という艦は実際には存在しない。
 
 「ハッカ」は僚艦やアメリカ軍の巡洋艦護衛空母とともに大規模船団の護衛に付き、ドイツの巡洋艦ドルトムント」「リューリック」(いずれも架空)と激しい戦闘を交える。リーマンは「海の男」の生活と戦闘を描く作家なので、アメリ巡洋艦の兵装に矛盾(3連装4基と書いたり6基の砲塔と書いている)もあるが、そんなことは気にならないのだろう。
 
 作者は提督の息子の見習い士官が自殺するような、本筋とは関係ないエピソードを積み重ねて物語を進めていく。ハイライトのドイツ巡洋艦との戦闘も、比較的あっさりしたものだ。原題の"For Valour" とはビクトリア十字勲章の裏に書かれている言葉である。