新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

マザーグースと科学と殺人

 「グリーン家殺人事件」で大ヒットを飛ばしたヴァン・ダインは、1929年に第四作「僧正殺人事件」を発表した。これも前作同様の大ヒットとなり、アメリカの本格ミステリー界はピークを迎える。この年、エラリー・クイーンもデビューしている。

 
 前作の富豪一家に起こる連続殺人事件は犯罪学の知識を駆使して書かれたものだったが、本作ではマザーグースという童謡をモチーフにした新しい趣向で物語が展開する。新しいといったが、マザーグースをモチーフにしたミステリーはいくつもある。

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 なかでも「コック・ロビンを殺したのはだあれ。わたしだわって雀が言った。わたしの弓と矢で、コック・ロビンを殺したの」というフレーズは、その無邪気さと不気味さから、次のような作品に使われている。
 
 ・ヘキスト「誰が駒鳥を殺したか」
 ・マクドナルド「鑢」
 ・フェラーズ「私が見たと蝿が言う」
 ・クリスティ「ポケットにライ麦を」  等
 
 元々童話や童謡には残酷なフレーズがたくさんある。グリム童話など「残酷物語」みたいなもので、子供たちに危機意識を植え付けるためのツールだったのかもしれない。ヴァン・ダインは先行した諸作については百も承知、無邪気さと不気味さに科学の色合いを加えた。事件は科学者であるドラッカー氏と物理学者ディラード教授が住むブロックで起きる。
 
 ロビンという弓術の名手が、自らの矢で胸を貫かれていたのである。雀(犯人)は誰か?蝿(目撃者)は出てくるのか、と読者は期待しながらページを繰る。そこに「テンソルの公式」など、科学が出てくるなどミスディレクションに読者は迷う。
 
 本来心理的手法を得意とするファイロ・ヴァンスも、今回は数学や天文学を持ち出して推理を展開する。このあたり、読者の好みは分かれるところだろう。最高傑作だという評価の一方、ペダンティックなところが鼻につくという人もいる。紹介文には、本書を読まずしてミステリーは語れないとある。それは確かで、本書は読んでおくべきものだ。ただ、僕は前作「グリーン家殺人事件」の方が好きだが。