新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ハリウッドの魔力

 正統ハードボイルドの探偵フィリップ・マーロウは、ハリウッドを舞台に活躍する。これには、作者のレイモンド・チャンドラーが映画業界で働いていたことも影響しているだろう。ミステリー界も、映画の世界に割合近いのだ。本格ミステリーの分野でも、S・S・ヴァン・ダインエラリー・クイーンも映画の世界に関わりをもった。

 
 急速に発展していた1930年代のハリウッドでは、定着した人気を持つミステリーは脚本として魅力があるし、作家の側も活字とは違う映像に新しい可能性を認めることもあるだろう。両者の接近は必然のことである。
 

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 しかし、今でも東海岸と西海岸の文化は違う。ワシントンDCで会う相手は、ダークスーツにネクタイをしている。サンノゼに行くと、ポロシャツにスニーカー姿の人に出会う。ましてや1930年代で、ハリウッドという特殊な世界である。東海岸のミステリー作家が受ける「異国に来てしまった」という印象はいかばかりだったろうか?
 
 ヴァン・ダインは第11作目「グレーシー・アレン殺人事件」で。有名な女優グレーシー・アレンを事件にからませることにした。晩年の作品であり評価は低かったし、ハリウッドの色もそんなに強く表れていなかったと記憶している。一方エラリー・クイーンは、まだ30歳になったばかり。興味を持って、深く映画界にかかわったようだ。典型的な東海岸の青年(達)である、エラリー・クイーンはあふれるカネ、ゴシップ、憎悪や嫉妬、カジノの喧騒などをどう見たのだろうか。
 
 ハリウッドでの経験と感触が、いくつかの作品に表されている。代表的なものが「ハートの4」。映画界の大女優と大男優、その子供たちもやはり俳優。プロデューサ、脚本家、カジノの経営者など怪しげな人物がからんで、前半はコミカルとも言える雰囲気を醸し出す。
 
 20年前に恋人同士だったが、ケンカ別れして他の人と結婚した大女優と大男優。20年間憎みあい、ののしりあって映画界に話題をまき散らした二人が、突然結婚すると言い出す。彼らに多少の関わりを持っていた(作中の探偵)エラリー・クイーンは「自分の単純な頭では理解できない」事態に目を廻して、おろおろするばかり。
 
 ところが結婚当日二人が毒殺されるに及んで、エラリーは事件を解決する役割を担うことになる。事件が起きてから探偵役としてエラリー・クイーンが登場していた初期の作品群と違い、事件までの経緯にエラリーがかかわっていることで、前半が冗長になるきらいがある。
 
 ミステリー読者は、言い方は悪いが「早く血がみたい」ものだ。確かに事件の前に起きていることも重要な伏線なのだが、そういうこともあってパズルミステリーとしての評価は高くない。ただ面白いのはエラリーとポーラ・パリスという美人ジャーナリストが推理の競演をしていること。2人とも同じ犯人を指摘するのだが、ポーラの論拠にエラリーは驚いている。彼女は「犯行の手口がある人物の普段の行動様式と同じだ」という。論理学者エラリーから見れば「そんな論拠薄弱な・・・」ということになる。これは、論理に縛られかねない作風の転換点と考えることもできる。
 
 その後、作者エラリー・クイーンは架空の田舎町「ライツヴィル」を舞台にした連作を書き、人気を回復する。「ハートの4」は、ハリウッドという異文化に触れて、パズル(だけの)ミステリーからの脱却を、作者エラリー・クイーンが図ったメルクマール的作品である。