新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

プアホワイトへの道

 前作「ダブル・デュースの対決」は、ボストンの黒人貧民街を描いた作品だった。麻薬中毒の状態で生まれてくる子供、14歳で母親になる売春婦、銃をふりかざして荒れ狂う少年団など黒人社会の暗部を見せつけてくれた。ロバート・B・パーカーの次作が暴くのは一転、裕福で幸福に見える白人社会の病理である。

 

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 ボストンの実業家の妻オリヴィアが、何者かに撲殺されて2週間。通り魔の犯行として真剣に犯人探しをしない警察に腹を立てた夫が、スペンサーに犯人探しを依頼しに来る。慈善事業に熱心でパーティでのホステス役も上手にこなす良妻賢母、1男1女があるが2人とも地元の大学に通う健康でまじめな子供たちだ。彼女を悪く言う人は一人もいない。
 
 一見非の打ちどころのない彼女がなぜ殺されたのか。スペンサーは彼女の生まれ故郷アトランタに飛んで過去を探り始める。死んだと聞かされた彼女の父親は生きていて、馬場と農場を持ち何頭かの犬と老僕にかしづかれてウィスキーをなめていた。
 
 父親は「娘さんは死んだ」というスペンサーの言葉に取り合わず、「娘はいない」と繰り返すだけ。老僕から「彼の娘は黒人と結婚して縁を切られたが、アフリカで暮らしている」と聞かされたスペンサーは、ボストンで死んだのはオリヴィアの名を騙っていた同郷の女だと気づく。
 
 スペンサーにからむボストン警察の新人白人警官が面白い。有名人の子弟のようだが、ホモで愛人はHIVで死にかけている。これもまた、壊れた家庭の物語なのだ。マサチューセッツで大統領候補になろうとする上院議員を支援している実業家一家も、南部サウスカロライナの農場で暮らすオリヴィアの父親も一見裕福なのだが、その実日銭に困っている状況が見えてくる。
 
 収入が減っても暮らしのグレードダウンができないでストック資産を食いつぶすありさまが、スペンサーの調査で暴かれる。本書は1993年の発表だが、なるほどプアホワイトはこういうプロセスで生まれるのかと納得させられた。
 
 珍しく銃も撃たず、一人を殴り倒すだけで我慢したスペンサーの「犯人探し」もの。これならアルバート・サムスンでも担当できそうな事件だが、スペンサーものの中では秀作に位置づけられる評価を与えてもいいと思う。抑えて書かれている殺人犯の心情も胸を打つものですし、結局犯人を公表せずに終わるスペンサーの計らいも粋なものでした。