新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

サラリーマン世界のミステリー

 作者の浅川純は、日立製作所の茨城にある事業所で調達部門の管理職だったが、18年勤めた会社を辞めて作家になった人である。当時のはやり言葉「脱サラ」を地で行った人で、その関係の著作も多い。ミステリーも好きだったようで「浮かぶ密室」(1988年)、「社内犯罪講座」(1990年)などのミステリーがある。本書もその中の一冊、作者のホームグラウンド水戸~日立エリアを舞台にした企業ミステリー(1990年発表)である。

        f:id:nicky-akira:20190429110423p:plain

 
 日立駅に近い相原産業からの受注を取るため、丸の内に本社のある三橋機械の鶴田営業部長がエンジニアの友平課長を伴って常磐線特急「スーパーひたち」に乗るところから、物語は始まる。受注合戦のライバル沢木鉄工の木元次長も同じ列車に乗っている。
 
 列車は当時最先端のハイテク車両、グリーン車ではFM放送をセレクトできる。コーヒーのサービスもあり、飛行機に近い感覚である。水戸、勝田、大甕と(日立製作所の事業所のある)各駅を過ぎて、日立駅に友平課長が降り立った時には列車から鶴田部長の姿は消えていた。
 
 当然のように受注は沢木鉄工に決まったのだが、2日経っても部長の足取りはつかめず誘拐だとしても身代金要求もない。三橋機械は、こういう時のために総務部の端っこで「飼っている」社内探偵の海老寺を調査にあたらせる。
 
 総務関係の一部の人しかそのミッションを知らない海老寺は、一見冴えない中年男。日がな仕事らしいことをしないので、OLにも馬鹿にされているが動きは素早い。関係者の聞き取りから現地調査まで、休日返上で動き回る。端々に出てくる、組織の論理や上司への配慮、大企業のサラリーマン生態が生々しい。
 
 木元次長はかつて三橋機械の営業マンで鶴田部長の部下だったことや、部長の意思で広島に転勤させられたことから転職したことなど、過去が明らかになってきたころ鶴田部長がひょっこり帰ってきた。しかし自宅で休んでいる最中に、過労からか発作を起こして亡くなってしまう。大の大人をどうやって昼間の列車から誘拐できたのか、鶴田部長の口からその答えを聴けなくなった海老寺は、大甕駅に乗り入れている私鉄「日立電鉄」の路線に目を付ける。
 
 作者が勤めていた日立製作所(現地ではニッセイと呼ばれている)は全く登場しないが、架空の会社(三橋機械・相原産業・沢木鉄工)にはそのテイストが与えられているように思う。ミステリーとしては底の浅さが目立つのだが、サラリーマン世界を表したミステリー仕立ての小説とすれば面白く感じられる。ミステリー好きだった作者も、これ以降明らかなミステリーは書かなかったようです。