新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

再びチムニーズ荘にて

 本書は女王アガサ・クリスティーの長編第9作、1929年発表である。「明るいスパイもの」が大好きのクリスティー、第8作まで3作連続ポアロもので地歩を築いてきたのだろう、ここでまた書きたいものを書いた。舞台は4年前の「チムニーズ荘の秘密」と同じで、登場するヒロインは、4年前の事件で主人公ケイド青年のサブを務めた貴族令嬢アイリーン・ブレンド(通称バンドル)。

 
 前作ではケイド青年とハッピーエンドで終わるのかなとも思わせたが、ケイド青年が意外な正体を明かして大陸に帰ってしまったのでイギリスに取り残された彼女である。チムニーズ荘の今の住人は鋼鉄王クート卿。彼に招かれて、何人もの青年たちが滞在していたのだが、そのうちの一人ウェイド青年が睡眠薬の飲み過ぎで死亡する。
 
 続いてデヴァルウ青年もバンドルの目の前で射殺される。二人は将来を嘱望された外務省の若手官僚だった。どうも次の戦争の主役となりそうな航空機関連の機密情報が狙われているようで、ロンドンから前作同様バトル警視が派遣されてくる。一方独自の捜査を開始した冒険好きのバンドル嬢(クリスティは本当にこういうのが好き)は、本件に「セブンダイヤルズ」という秘密結社が関わっていることを突き止める。

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 「セブンダイヤルズ」の本拠に潜入したバンドルは、時計の文字盤を模した仮面で顔を隠した人たちの深夜の会合を目撃する。文字盤には時刻が書かれていて、その日は出席しなかった「7時」が首領らしい。バンドルは、一人残った外務省のエヴァズレイ青年、金持ちの極道息子セシガー青年の助けを借りて捜査を続けるが、屋敷に潜入した賊にセシガー青年が撃たれて負傷してしまう。
 
 機密情報を巡って大陸の伯爵夫人やアメリカのジャーナリストなど怪しげな人物が沢山登場するのは、前作と似ている。最後は再び「「セブンダイヤルズ」の本拠に潜入したバンドルの前に、「7時」を始めとする結社メンバーの意外(?)な正体が明かされる。
 
 クリスティ女史はこのあとも、息抜きのためか時々「明るいスパイもの」を書く。しかし、次の作品「牧師館の殺人」(1930年発表)ではミス・マープルが登場する。アメリカではすでにS.S.ヴァン・ダインが好評を博し、エラリー・クイーンが登場、ディクスン・カーのデビューも来年に迫っていたのが1929年。女王もそろそろ本格ミステリーで勝負をかけなくてはいけなくなるころでした。