新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

セント・メアリ・ミード村を離れ

 1964年発表の本書は、女王アガサ・クリスティの「ジェーン・マープルもの」。ジェーンはセント・メアリ・ミード村で生まれ育ち、ほとんどその村を出ることはない。生来のおしゃべり好き、人物観察の能力をもって、ほぼプライバシーのないこの村のことは全てお見通しである。スコットランドヤードの幹部から「老猫」と敬意をもって評される彼女は、幾多の殺人犯を官憲に引き渡してきた。

 

 前作「鏡は横にひび割れて」にもあるように、近年はさすがに体力が衰え庭仕事や編み物も満足にできなくなっているが、推理能力の方は健在だ。その事件後、ジェーンは肺炎を患い裕福な作家である甥のレイモンド夫妻の勧めで、転地療養をすることになった。療養先は西インド諸島、ケンドル夫妻が営む<ゴールデン・パーム・ホテル>を、レイモンドが予約してくれた。

 

 ホテルには様々な人たちが滞在している。車椅子の事業家ラフィール氏は、秘書とマッサージ師を連れて「ワーケーション」をしている。ダイスン氏は数年前にやはり西インド諸島で妻を亡くしたが、今回は再婚相手と冬季を過ごそうとやって来ている。外国の駐在が長かったというパルグレイヴ少佐は、誰彼なしに自分の過去の武勇譚を語り続ける。

 

        

 

 この日はジェーンが少佐の餌食になり、延々自慢話を聞かされたが、少佐は突然「殺人犯を知っている。写真を見せよう」と懐に手を入れたが、ジェーンの背後を見て慌ててそれを引っ込めた。そしてその夜、少佐は謎の死を遂げた。「高血圧症による自然死」と地元医師や警察は判断したのだが、ジェーンは少佐の口を封じたのは殺人犯だと直感する。しかし旅先のここでは、スコットランドヤードの幹部に相談も出来ず、困難な捜査を強いられる。セント・メアリ・ミード村のような情報網を使えず、苦戦するジェーンだが、そのおかげで読者は300ページの最初から最後まで、ジェーン・マープルの活躍を見ることができる。

 

 他の作品では、事件が起きて捜査が進んだ中盤からとか、場合によっては最終章だけ登場するジェーンだが、今回は「特別編」と言える。「鏡は横に・・・」同様、背後に何かを見て表情を変えるシーンが、決定的な手掛かりになっている。

 

 作者と共にジェーン・マープルも老いました。あと本棚には「復讐の女神」と「スリーピング・マーダー」の2作が残っているだけです。