新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

エリートスパイの脱出行

 第二次欧州大戦のクライマックスといえば、東側(!)の人ならばスターリングラード攻防戦かハリコフ戦車戦を選ぶような気がする。しかし西側(!)の人であれば、多分ノルマンディー上陸作戦を指すと思う。映画「D-Day」をはじめ多くの物語が発表されている。実際に上陸戦そのものを扱わなくても、これを背景にした映画、ミステリーの類は多い。その中でもよく取り上げられるのは、連合軍の上陸地点はカレーかノルマンディーかという話。


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 後世の人は皆ノルマンディーだったことを知っていて、大変だったねとか上手くいったねとコメントする。しかし当時の枢軸/連合両軍にとって、上陸作戦がどこに行われるかは虚々実々のかけひきをする最大の関心事項だった。連合軍はハリボテの戦車や宿舎を並べ、パットン将軍の替え玉まで用意してカレー上陸の部隊集結を見せかける。(本書にはないが)将校の死体に機密文書を持たせて海に流すこともしたらしい。もちろん文書はカレー上陸を暗示する内容のニセモノである。
 
 枢軸側の英国スパイ網は、開戦早々摘発されて拘束されるか二重スパイにさせられていて非機能状態になっている。ただ少数のものは極秘裏に活動していたらしい。本編の主人公(といっていいだろう)スパイ<針>は、ヒトラーも信用している大物である。彼は英軍の下働きをしながら、ノルマンディーへの侵攻を確信、軍の集結状況や上記の欺瞞の証拠フィルムを身に着けて帰国を果たそうとする。
 
 <針>は左前腕に付けたステレットと言う鋭利なナイフを使い、自分の顔を見たものを次々に殺しながらロンドンを出てアバディーンから船に乗ろうとする。捜査当局の手掛かりになりそうな人は、女性と言えどドイツからの連絡員だろうと息の根を止めることを忘れない。
 
 嵐をついてアバデーンを出港しUボートと合流しようとした<針>だが、船が転覆し孤島「ストーム島」に漂着する。そこには車いすの元軍人、その妻、3歳の息子と牧羊犬を友にしている老人の4人だけが暮らしていた。救助された<針>は老人の無線機を見つけ、なんとか本国に連絡しようとするのだが。
 
 作者のケン・フォレットは何作かの習作を書いたのち、本書を発表(1978年)している。しかしこれが実質的な第一作とは思えない、迫力あるスパイものになった。彼には20余作の邦訳作品があるそうですが、本書以外のものは見かけた記憶がありません。探してみることにしましょう。