新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

個艦優越に賭けた決戦兵器

 光人社NF文庫の兵器入門シリーズ、今月は「駆逐艦」である。すでに「特型駆逐艦雷海戦記」を紹介していて、艦隊決戦の花形として建造され厳しい訓練を重ねながら、期待ほどには戦果を挙げられなかった帝国海軍駆逐艦隊のことは記している。

 

「車引き」の戦果と限界 - 新城彰の本棚 (hateblo.jp)

 

 艦隊行動に無くてはならない艦種でありながら、駆逐艦は「車引き」などと揶揄されていた。「軍艦」とは艦首に「菊の御紋」をいただくもので、巡洋艦以上の船がそれにあたる。水上機母艦潜水母艦などもそうだったが、一番働いた駆逐艦は「軍艦」ではない。

 

 本書にもある高速魚雷駆逐艦島風」の公試の写真を見ると、40ノットを超える速度で片舷に15本の魚雷を撃てるよう、波を蹴立てて走る姿は実に美しい。しかしその高性能もいろいろなものを犠牲にしてのことで、駆逐艦には装甲というものはない。ピストルでも穴が開いてしまう。高速を出さなくても、燃料消費にタンクがついていかない。艦隊行動中「いつもミルクを欲しがる」と補給船から面倒がられることもある。

 

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 しかし「軍艦」にはない乗組員の結束があったと、本書は言う。小さな所帯で艦長から水兵まで、顔の見える仲だったわけだ。「潜水艦入門」にもあったように、帝国海軍は艦隊決戦のためにすべての戦力を整備した。駆逐艦には決戦前か決戦中に、できれば夜間に敵の主力艦を雷撃して仕留める役割を与えていた。1隻だけの試作で終わった上記「島風」などは、その典型的な艦である。

 

 大戦中主力となって闘ったのは、「特型」を始めとする駆逐艦隊。35ノット以上の高速が(瞬間的に)出せ、必殺の61cm酸素魚雷を片舷に10本以上撃てる強者たちだ。しかし対空兵器やレーダーなどの電波兵器、対潜水艦戦能力は充分ではなく、多くは敵艦に魚雷を撃つこともなく、航空機や潜水艦によって沈められてしまった。

 

 帝国海軍は「個艦優越」に賭け、英米のマスプロ生産方式(そこそこの能力の艦を大量に建造・配備する)に対抗しようとして敗れた。米国のマスプロ護送駆逐艦は速度が20~24ノットしか出なかったが、船団護衛や潜水艦狩りには役に立った。映画「眼下の敵」で登場したのがそのクラス。帝国海軍では、太平洋戦争に174隻の駆逐艦が参戦し、134隻が沈んでいます。艦隊決戦の夢破れて・・・。