新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

火星と地球の運命

 レイ・ブラッドベリは不思議な作家である。一応SF作家と分類されているようだが、幻想文学者という表現の方が正しい。単にファンタジー作家というには、作風が重すぎるのだ。どちらかというと短編のキレに鋭さがあり、「十月は黄昏の国」という短編集は高校生の頃に読んで印象深く、詳細は忘れてしまったが記憶に残る短編集だったと思う。

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 初期の作品でSF風の味付けをし、代表作と言われるのが本書。火星にはテレパシー能力を持つ火星人が住んでいて平和な日々を送っていた。そこに核兵器を持って紛争が絶えない地球から、探検隊がやってくる。
 
 最初の2人も、次の4人も殺されてしまうのだが、地球人は飽くことなく探検隊を送り、水疱瘡を持ち込まれた火星では、これに侵された火星人がほぼ絶滅してしまう。続々移民してくる地球人は、廃墟と化した火星の都市の跡に自分たちの街をつくり、「ニュー・ニューヨーク」などと名付けてゆく。地球での生活に不満のある人たちは、こぞって新天地を目指す。例えば米国南部の黒人たちが自ら作ったロケットで出発してしまい、残された白人たちは労働力を失って呆然とする。
 
 本書の執筆は1946年(単行本になったのが1950年)、人類が初めて核兵器を使い第二次世界大戦が終わった直後である。作者は原爆が開発、量産されることや、世界中でおこる紛争、人種差別など社会的課題を織り込んで、この幻想文学を書いている。
 
 火星に移民した地球人が落ち着いてきたころ、地球で大規模な核戦争が起きる。火星に定住するかと思われた移民たちは何故か地球に帰ってゆく。地球は核兵器の応酬で滅び、火星に残ったわずかな地球人も寂しさの中で死んでゆく。そして生き残ったのは・・・。
 
 子供を20年前に亡くして火星に移民してきた老夫婦が、死亡時のままの姿の子供に再会するエピソードは涙を誘う。その正体はテレパシーで子供の幻影を作り出した火星人なのだが、多くの地球移民の望む姿になろうとして能力を使い過ぎて死んでしまう。
 
 つかみどころがなく感想も含めて表現しにくい小説なのですが、何か心に残るものがあります。「十月は黄昏の国」がどこかで手に入らないかなと思っています。