新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

謎解きはデザートと共に

 安楽椅子探偵ものというのは、虫眼鏡や拳銃を持って走り回ったり関係者を尋問するのではなく、座ったまま事件の話だけを聞いてこれを解決するというスタイルのミステリー。バロネス・オルツィ「隅の老人」がその先鞭だろうが、ハリイ・ケメルマン「ニッキィ・ウェルト教授」、アイザック・アシモフ黒後家蜘蛛の会」などが思い出される。クリスティの「ミス・マープル」にもそのような短編集があった。

 

 本書は安楽椅子探偵ものの中でも特に評価の高い、ジェィムズ・ヤッフェ「ブロンクスのママ」の短編集。1952~1968年にかけて「EQMM」誌に載せられた、8編の中短編が収められている。作者はシカゴ生まれのユダヤ人、早熟だったらしく15歳の時に「不可能犯罪課」という原稿を書いてEQMMに送り、編集者のフレデリック・ダネイを驚嘆させたという。1952年から本格的に作家活動に入り、普通小説や脚本なども手掛けた。

 

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 舞台はニューヨークのブロンクス地区、移民の街で雑多な人種がそれぞれのコミュニティを形成している。総じて貧しく、犯罪も多い。私こと市警殺人課刑事のデイビッドは、金曜日の夜になると妻のシャーリーと共に、未亡人となって一人暮らしのママの料理を食べに出かける。メニューはだいたい決まっていて、ヌードルスープに始まり、チキンのローストがメイン。デザートだけは種々バリエーションがあるようだ。ちなみにユダヤ教徒は、豚肉を食べない。

 

 その折、今扱っている事件の話をすると、ママは簡単な質問(とても事件と関係なさそうなものも含む)を3~4つして、昔話をひとくさりし、事件の真相を暴いて見せる。初期の頃には、クイーン顔負けのパズラーとしての冴えが見られるが、後年は被害者・加害者の心理面に踏み込んだ推理ドラマが展開され、作者の成長をうかがわせる。

 

 ストーリーの背景としてユダヤ系移民社会の光や陰がちりばめられているし、大学出のインテリ嫁シャーリーとママの嫁姑関係、板ばさみになるデイビッドのエピソードも微笑ましい。デイビッド夫婦はママに再婚を薦め、上司のミルナー警部を紹介したりする。本書の解説は、日本の若手パズラー作家法月綸太郎が書き、その中で都筑道夫が「ブロンクスのママ」シリーズを安楽椅子探偵ものの理想形と褒めた話が紹介されている。

 

 このシリーズ長編も4冊あるようです。早速探してみましょう。