のちの第二次世界大戦において「レイテ海戦」と呼ばれた闘いが最も近いかもしれないのだが、空前絶後数の「主力艦」が狭い海域にひしめき、雌雄を決しようとしたのが「ジェットランド沖海戦」である。もちろん両者の間には30年の時差があり、その間に航空機という凶悪な兵器が発達している。そのため帝国海軍最大の戦艦「武蔵」は、20本もの航空魚雷を受けて沈んだ。
第一次世界大戦ではまだ航空機のそれほどの威力はなく、主力艦(戦艦と巡洋戦艦)を沈められるのは主力艦だけと思われていた。本書はそのような時代のイギリス海軍の水兵の経験を通して、未曾有の海戦の実態を伝えている。
まだ20歳のマーチン三等水兵が最初に乗り組んだのは、前ド級戦艦「フォーミダブル」、30cm連装砲塔2基が主砲で、1万トン強。大体「三笠」と同じくらいの船である。日露戦争で前ド級戦艦が戦った戦訓から、イギリス海軍はドレッドノートという実験艦を竣工させた。30cm連装砲塔5基で2万トン級になった。その優秀さは世界が認め、これまでの前ド級戦艦は時代遅れになった。
マーチンの乗った「フォーミダブル」は、Uボートの雷撃を受けて沈没。マーチンが新鋭駆逐艦「マンスフィールド」に乗り組んで、未曾有の海戦に参加することになる。本書には前ド級戦艦での日常と新鋭駆逐艦での日常が、きちんとかき分けられている。1916年5月、北海のドッガーバンク周辺で激突した両軍の主力艦数は下記である。
◇英国艦隊
旗艦(アイアン・デューク)と第一戦艦戦隊 戦艦9
第二戦艦戦隊 戦艦7
第五戦艦戦隊 戦艦4
◆ドイツ艦隊
第一戦隊 戦艦8
第二戦隊 前ド級戦艦6
第三戦隊 戦艦8
第一偵察部隊 巡洋戦艦5
結果としてほとんどの艦が傷つき、英国艦隊は巡洋戦艦3隻を失った。ドイツ艦隊も、前ド級戦艦と巡洋戦艦各1隻をうしなっている。戦艦というのは本当に打たれ強い船であることと、速度を重視するあまり上甲板の装甲が薄くなった巡洋戦艦の欠点が明らかになった。遠距離から発射され垂直に近い角度で降り注ぐ大口径弾に上面装甲を破られると、致命的な部分である弾薬庫が誘爆を起こして1発轟沈になってしまう。
この後、巡洋戦艦として誕生した帝国海軍「金剛」級などは高速戦艦に改装されて、次の戦いの備えることになる。それは意外にすぐやってきたのである。