新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

三重のアリバイ工作

 本書は、津村秀介の「伸介&美保」シリーズの一編。殺人の舞台は、北陸本線と金沢の名勝兼六園。例によって容疑者には鉄壁のアリバイがあるのだが、その前の事件背景設定が秀逸である。作者は約20年にわたって「週刊新潮」の「黒い事件簿」を書き続けた人だから、実際の事件とその捜査を豊富に体験している。本書でも、作者は神奈川県警淡路警部・毎朝日報谷田キャップ・週刊広場の伸介&美保の三様の捜査を綺麗に書き分けている。

 

 最初の被害者は京都で運転手をしていたチンピラ男、酔った状態で特急サンダーバード車内で刺殺される。次の被害者は横浜のクラブの美人ママ、ホテルにチェックインした後兼六園で刺殺される。現場にはKENTの吸い殻が・・・。実はこの2人、実の姉弟だが9年までに一家離散していた。

 

 警察(石川県警京都府警・神奈川県警合同)は、吸い殻などの遺留品を追い、新聞(特に谷田は)美人ママの身辺を探る。しかし「週刊広場」のややいい加減な細波編集長は、9年前の一家離散を探れと伸介たちに指示する。谷田キャップ曰く「それが週刊誌の視点か・・・」ということ。仮に事件捜査が進展しなくても、一家離散だけでも記事にはなるのだ。

 

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 しかし伸介が京都のチンピラの行きつけの店で手に入れた被害者の指紋から、しばらく前のひき逃げ事件との関わりが浮かび上がる。湯河原に5人で旅行に来ていた横浜市議会議員2人が暴走車にはねられ、一人が亡くなったケースだ。殺しを請け負ったのがチンピラで、5人のうち誰でもいいからという動機なら疑われるのは「繰り上げ当選」になった議員。

 

 このあたりの「事件記者」風の展開が心憎い。しかし浮かんだ容疑者には犯行前日から福島・東京・名古屋・東京と巡っていたアリバイがあり、使い捨てカメラの写真や2重の証人まで用意されていた。

 

 通常後半のアリバイ崩し、時刻表の出番までは盛り上がりに欠ける面があるのだが、この作品は前半の事件背景の設定が秀逸、さらに三重のアリバイ工作があって作者屈指の力作と思いました。事件の発端が僕の住む熱海で、馴染みある名古屋~米原のエリアが出てきたのも好印象です。

 

 作者は2000年に急逝、本棚に残ったのはあと10冊もありません。大事に読みますよ。