新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ミス・マープルのロンドン感傷旅行

 本書は、アガサ・クリスティ晩年の74歳の時(1965年)に発表されたものである。古き良きロンドンをそのままに維持する「時のないホテル」という設定のバートラム・ホテルが舞台となったミステリーである。このホテルは架空のものだが、モデルはメイフェアの中心に位置する5ツ星ホテル、ブラウンズ・ホテル(創業1837年)だと言われている。

 

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 ヒトラーのロンドン空襲にも耐え、19世紀からの外観を残していること。大きなスゥイングドアの前には「元帥」かとみまごう立派ないでたちのドアマンがいること。本物のマフィンや極上のお茶、シェリー酒などが用意されていること。
 
 これらが古き良きロンドンの証なのらしい。宿泊客も高齢者が多く、ホテルのスタッフは常連客の好みを熟知していて部屋の選択から食事の時間や好みに合わせたメニューまで行き届いたサービスをする。いかにもふさわしい客には、優遇サービスをすることもあると、本書にある。
 
 姪に休暇旅行を勧められたミス・マープルは、この懐かしいホテルに2週間滞在する予定で、セントメアリミード村からロンドンに出てきた。しかし滞在の後半になって、組織化された強盗団の跳梁やこれにからむ牧師失踪事件に巻き込まれる。ミステリーのメインテーマである殺人事件が起きるのは、全体の70%を過ぎたあたり。ミス・マープルは2週間の滞在を終えて村に帰る前の夜だった。
 
 そこに至る長い期間、ミス・マープルが懐かしいロンドンを巡る姿が微笑ましく描かれている。お気に入りの寝具店で高級なリネンを買って喜んだり、若いころに行ったレストランで懐かしい味を楽しんだりしている。一方昔親しんだ場所を巡り、昔のままだと喜び、様変わりしていると悲しむ彼女の、今回は感傷旅行なのだろう。このような旅を、アガサ・クリスティ自身もしたかったのかもしれない。
 
 変わるロンドン、変わらないロンドンへの郷愁を綴るため、ミステリーの味付けをしたという印象だ。事件や探偵としてのミス・マープルの活躍は抑えめで、今だからこそ面白く読めた作品でした。