新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

私の祖母に似ている

 ヒトラーとの戦争を戦い抜いている時も、英国のミステリー作家たちは新作を発表し続けた。米国から英国に移り住んでいたディクスン・カーは、「爬虫類館の殺人」で、ロンドン空襲の警報音を謎解きのキーにしていたほどだ。本書もそんなころ1942年に発表されたアガサ・クリスティミス・マープルものである。

 

 もっと多いと思っていたのだが、ミス・マープルものの長編は12作しかない。本書はその2作目にあたり、彼女のデビュー作「牧師館の殺人」(1930年)から12年後の発表である。ずいぶん間が空いたのは、ミス・マープルを短編用の探偵として作者が考えていたかもしれない。

 

 確かに田舎町の老嬢ではアクションはもちろん舞台の幅も限られるから長編向きではないだろう。しかし後年作者はミス・マープルを指して、「私の祖母に似ている」と評している。戯画化された外国人の探偵ポアロより、愛着はあったと思う。12年ぶりに長編に登場したミス・マープルは、知り合いの退役大佐夫妻の書斎に放り込まれた金髪美女の死体の謎に挑戦する。

 

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 ある朝死体を発見した大佐夫人は、警察に通報するとともにミス・マープルにも電話を入れた。被害者が若いダンサーで、車いすの富豪ジェファーソン氏から多額の遺贈を受けることになっていたことから、ジェファーソン一族に疑いの目が向けられる。

 

 村にはお金持ちの上流階級が暮らしている一方、映画の撮影所やダンススクール、カジノなどがある。よそ者の若い人たちも、そういうエンタメ関連産業で働くために流れてきているのだ。このあたり、とても戦時中とは思えないのどかさである。被害者もそういった「よそ者」のひとりだが、ジェファーソン氏になぜか気にいられていた。

 

 ダンサーに続いてやはりよそ者のガールズ・ガイド団員が車ごと焼かれる。これも司法解剖の結果殺人だとわかる。現地警察に、退役警視総監まで加わっての捜査は、ミス・マープルに一歩づつ先を越されてしまう。ミス・マープルは真犯人に罠をかけるのだが・・・。

 

 前作と違い人間関係の裏の裏まで知り尽くしたセント・メアリ・ミード村での事件ではないが、人間の行動様式は同じだとミス・マープルは言う。作者は次の年にもミス・マープルものの長編を発表しています。本書は彼女がレギュラー入りすることになった記念碑的作品かもしれません。