本書はアガサ・クリスティの手になる、いくつかの戯曲のうちでも最高とされるもの。1952年に初演されてから、20世紀中に2万回以上上演されたという。舞台はロンドンから50kmほど離れた田舎町、古民家を改装してマンクスウェル山荘という民泊を始めたモリーとジャイルズ夫妻のもとに、いわくのありそうな客が集まってくる。折しも豪雪が山荘を襲い、モリー夫妻も客たちも閉じ込められてしまう。その客とは、
・クリストファー 落ち着きのない青年、建築家だという。
・ボイル夫人 大柄な中年婦人、結構尊大。
・メトカーフ少佐 怒り肩の中年男、いかにも軍人っぽい。
・ミス・ケースウェル 男っぽい言動の若い女。
・パラビチーニ氏 立派な口ひげの中年男、外国人らしく言葉が少々変。
ラジオはロンドンで起きた凄惨な殺人事件を報じていた。遠いロンドンのことと思われたのだが、警察を名乗る男から電話がありその事件に関係して山荘に刑事を派遣すると言ってきた。ほどなくトロッター刑事がスキーで到着するのだが、ボイル夫人が何者かに殺されてしまった。トロッターは山荘の全員を聴取し、すべての人に殺害の機会があったと言い放つ。
背景に流れるのは、イギリス人なら誰もが知っているマザーグースの童謡「三匹のめくらのねずみ」。外界と隔絶した場所に集まった数人の男女、そこで起こる殺人事件、徐々に暴かれる登場人物の過去や秘密・・・。まるで「そして誰もいなくなった」を縮小したような戯曲である。
全二幕、合計三場で構成され、文字通り舞台はマンクスウェル山荘のロビーだけ。怪しげな男女が絡み合い、疑い合い、血が流れる。女王クリスティの作品で、ロングランを続ける戯曲の迫力はすさまじい。本格ミステリー劇はなかなか二度目は難しいものだが、本作は何度でも見る価値があるだろう。
僕には別の感慨もある。実は高校2年生の時、無謀にも「そして誰もいなくなった」を戯曲化して20分ほどの劇として上演、監督までやったことがあるのだ。原作では10名の登場人物を7名に削り、気心の知れた仲間たちと遅くまで練習を繰り返した。
もちろん雲泥どころではない差があるのだが、そのシチュエーションが最初に本作を読んだ時によく似ていることに驚いた。ある意味ミステリーマニアの僕の青春記のようにも思える戯曲でした。拍手・・・。