新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

急行「北陸」1960

 本書は、鮎川哲也の「鬼貫警部もの」。とはいえ、鬼貫警部自身は12章中の一章、30ページ余りにしか登場しない。相棒の丹那刑事も数章に登場するだけ、事件の解決は容疑者の一人だった銀行員とその恋人にサツ回りの新聞記者が語ることで読者に知らされる。

 

 解説では「黒いトランク」「黒い白鳥」などの傑作に比して影が薄い作品と評されているが、そんなことを感じさせないほど「昭和30年代」の風情が懐かしい。僕は本書の発表のころは4~5歳、もちろん何も覚えていないが何となくの雰囲気は分かる。特に大学生になって鉄道・時刻表に興味を持ったのだが、古い時刻表が本書に掲載されていることで有頂天になってしまった。

 

 もちろんこれはアリバイ崩しのための必要なデータなのだが、聞いたことのない列車の名前や欄外にある駅弁の表記に見入ってしまった。例えば北陸本線下りのページに、

 

・準急「ゆのくに」 大阪発1040 金沢着1638

・急行「立山」 大阪発1220 富山着1924

・急行「北陸」 金沢発2000 上野着700

・特殊弁当 福井駅「鳥めし」100円、富山駅「ますずし」160円・・・

 

 とある。

 

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 さて事件だが、東京の整形外科病院の院長が、婚約者の看護婦を連れて金沢へ旅行にやってきた。数日間滞在したのだが、ある晩婚約者が内灘海岸の砂浜で射殺体で発見される。それが米軍の射撃場の側だったので、犯行の銃声は誰も気づいていない。

 

 凶器の.25口径ブローニングは、翌朝上野駅近くのポストに投げ込まれているのが見つかった。犯人は犯行後金沢駅に来て、急行「北陸」に乗ったものと思われる。最初疑われた院長は、「北陸」が金沢駅を出た後まで友人宅にいたことが証明される。ただその後、この院長の周辺で第二の殺人や事故が起きる。院長は青梅でトップ屋の男が殺されたと思われるときには、仙台の学会に出席していた。石川県警の刑事たちや丹那刑事ら警視庁の面々は、地道なアリバイ調査をするのだが・・・。

 

 作者らしいいくつかのトリックの組み合わせを、些細なきっかけから鬼貫警部がほどいてゆく本格推理。新幹線はもちろん特急列車もなく、金沢~上野間は10時間以上かかる時代のアリバイ崩しものです。全編に広がるなつかしさで、あっという間に読み終えてしまいました。