新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

よりリアルな諜報員の闘い

 アダム・ホールという作家のことは、「不死鳥を倒せ」というスパイ小説で知った。作者の本名はエルストン・トレヴァーといい、10ほどのペンネームで本格ミステリー、冒険小説、スパイ小説、児童文学と幅広い作品を残した。本書は1965年に「不死鳥を倒せ」でデビューした、英国諜報員クィラーものの一編(1973年発表)。

 

 デビュー作は大学生のころに読んだ記憶があるが、007ものに慣れていたせいか、やたらと独り言の多い、地味なスパイと思った。拳銃を撃つこともないし、悲観的なことばかり言っている。ただ今読んでみると、超人スパイとは違って実にち密な考えをし、諜報員という過酷な仕事を冷静にこなしているのがよく分かる。

 

 今回わたしことクィラーに与えられた任務は、アルジェリアの砂漠に墜落した輸送機の調査。アルジェリアはフランスから独立して、現時点では英国にとっての敵性国家。クィラーは上司のローマンと隣国チュニジアに行き、輸送機墜落地点を探る。高高度偵察機が撮った写真では、特徴的な岩山の付近に機影が見られる。クィラーはフランス人パイロットの小型機で岩山付近に夜間パラシュート降下をする。

 

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 すでにチュニジアに何者かの手は伸びていて、ローマンの別の部下は狙撃で命を落としたり、何者かに拉致されて拷問死体で発見されたりしている。クィラーはそういう敵とサハラ砂漠の暑さに加え、輸送機の残骸周辺に漂う「死の気配」と戦うことになる。

 

 「00ナンバーは殺しの番号」だそうだが、本書では「9」の符号の付く諜報員という話が出てくる。この番号は、「拷問されても機密をしゃべらない」と認証された諜報員の証。本当かどうかは分からないが、殺しの番号よりはリアリティがある。また英国政府と契約した諜報員といえど、与えられたミッションを引き受けるかどうかは選択できるとある。本書でも、クィラーは盲目的に指示に従っているわけではない。上司のローマンにも、言うべきことはちゃんと言う。

 

・敵が多いときは銃は使うな、頭を使え。

・奴らの狙いは殺しじゃない、やろうと思えばもう殺っている。

 

 などというセリフには、結構シビレる。輸送機には何が積んであるのか、どうして探さなくてはいけないのか、探したらどうすることになるのか・・・なぞが徐々に明らかにされている過程も面白い。あまり見かけなくなったクィラーもの、数冊は出ているようですから探してみましょう。