筆者は航空自衛隊で航空教育司令官を最後に退官、笹川USAなどに所属したこともある安全保障の研究者である。直接面識はないが、同世代でもあり本書中に登場する人物の何人かは、僕も存じ上げている。筆者に政界進出の野望はないようだが、若いころから持っていた「軍事専門家が政治判断をしてはいけない」という仮説を検証しようとしたのが本書である。
それはつまり、政治と軍事の距離関係を考えるということだ。特に憲法9条で持ってはいけないことになっている「戦力」たる自衛隊に長くいた筆者は、日本の政治・軍事の関係と英米のそれを比較して、その答えを得ようとしている。
戦後日本では、何度か自衛隊幹部が政治的な発言をして更迭されている。一方で最高司令官たる総理大臣や防衛大臣の、自衛隊への理解が乏しい言動も多々あった。東日本大震災の折、筆者は統合幕僚監部にいて菅総理の福島原発強行視察だけではない愚挙をたくさん見ている。その菅総理に自衛隊の災害出動を強く進言した北澤防衛大臣すらも自衛隊を信じることはなく、「自衛隊による平和」よりも「自衛隊からの平和」を希求していたと本書にある。これは太平洋戦争時の旧軍の横暴を少年期に見た政治家によくある傾向だという。
政治家と軍人が相互に信頼しなくては、国の安全が保てるはずがない。英米では正規軍によるクーデターは一度もない。しかしマッカーサー元帥は朝鮮戦争で政治の決定に従わず、解任されることになった。湾岸戦争のパウエル統合議長は、軍人の法を超えて政治判断をした。これらの例と関係者へのインタビューから、英米も政治と軍事の関係には並々ならぬ気を配っていることが分かったと本書にある。民主主義国家における軍隊が守るべき4原則は、
・軍事専門性の追及
・政治目的と作戦目的の一致
・政治決定に対する軍隊の絶対的な服従
・軍隊の政治的な中立性
だとある。俗に「戦略・作戦・戦術」というが、戦略レベルでは政治決定が勝るということだろう。そして自衛隊が民主主義国家の「軍隊」になるには、
・位置づけの明確化
・政治軍事関係の理解の促進
・国民との一体感の醸成
・政治家と軍人の率直的な意見交換
が必要で、自衛隊幹部は公的発言のあり方についてもっと学ぶべきだと締めくくられている。戦後初めて日本が戦争に巻き込まれるリスクが迫っている今、政治と軍事の関係は一般市民も勉強する必要があるでしょう。