新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ロンドン塔の闇と霧

 本書(1933年発表)は、ディクスン・カー名義の名探偵ギデオン・フェル博士ものの第二作。前作はロンドンの北約200kmのチャターハムで起きた事件だったが、今回はロンドンのど真ん中、ロンドン塔での怪死事件にフェル博士と米国青年ランポール、ハドリー主任警部が挑む。

 

 冒頭に観光名所でもあるロンドン塔の地図があって思わせぶりなのだが、現地に行ったことがないと実感が湧かない。僕自身は外観を一度見ただけだ。本来は女王の宮殿なのだが、二重の城壁に囲まれていて有名なタワーブリッジに隣接し、テムズ河の商流を守る城塞の意味が大きい。加えて多くの要人が幽閉されて死んだり処刑されたことがあり、世界で一番有名な幽霊屋敷とも呼ばれている。

 

 物語はロンドンの街に「帽子収集狂」が跋扈して、盗んだシルクハットをライオンの石造にかぶせ、裁判官のかつらを馬にかぶせるような事件が頻発する。今日2度目の被害にあったのが引退した政治家のウイリアム卿、買ったばかりのシルクハットを奪われた。しかしウイリアム卿の甥で政府を非難する(今でいうイエロージャーナリズム?)新聞記者でもあるフィリップが、ロンドン塔逆賊門の内側で金属製の大矢で刺殺されていた。ゴルフ着姿の彼の頭には、叔父のシルクハットが・・・。

 

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 一方ウイリアム卿の住まいでは、彼が米国の古民家で見つけたE・A・ポーの未発表原稿が盗まれるという事件が起きていた。「モルグ街の殺人」以前の作品で世界最古の本格ミステリーではないかと思われている。ウイリアム卿の娘、実業家の弟夫妻、被害者となった甥、娘の婚約者、旧友のロンドン塔副長官、米国の古書収集家、謎の女探偵などを呼んで、フェル博士たちは原稿と犯人を捜そうとする。

 

 真昼間だというのに犯行現場を直接見た人がいないのは、逆賊門下が暗い上に霧が深かったから。副長官が死体を見つけてすぐに塔全体を閉鎖しているし、死亡時刻もはっきりしているしかし関係者の行動を洗うと、みんなにアリバイがあるように見える。

 

 400ページのうち、前半は地道(というか退屈)な事情聴取ばかりで、フェル博士の不作法ばかりが目立つ。しかしシルクハットの謎とポーの原稿の謎が直接結びついて以降は、複雑な謎解きが続いて読者を飽きさせない。江戸川乱歩が「カー初期の代表作」と褒めていますが、確かになかなかの名作です。でももう少し分かりやすい見取り図が欲しかったですね。

 

PS:読後Webでロンドン塔の詳細情報を知りました。しまった、遅かったという気持ちです。