新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

処刑人ジャック・ケッチの影

 1930年発表の本書は、以前「夜歩く」を紹介したジョン・ディクスン・カーの「バンコラン判事もの」の第二作。後にフェル博士やメリヴェール卿を探偵役にして不可能犯罪ものでブレイクするが、この時点では「怪奇趣味のミステリー」程度にしか評価されていなかったようだ。デビュー作が吸血鬼伝説を下敷きにしたものなら、本書は絞首刑を仕切った実在の処刑人ジャック・ケッチの影がちらつくストーリー。

 

 パリの予審判事であるアンリ・バンコランは、ワトソン役のアメリカ青年ジェフ・マールと共にロンドンにやってきた。滞在したのは元ロンドン警視庁副総監だったサー・ジョンのいるブリムストーン・クラブ。ここには謎のエジプト人ニザーム・ムルクが、秘書や従僕、運転手らと滞在していた。

 

        

 

 ムルクは10年前、フランスでの殺人事件に遭遇していた。被害者は古代エジプトの仮装をしていて、射殺したのは英国青年。容疑者は決闘だと主張したものの、処刑されている。サー・ジョンとバンコランらが絞首台の模型を前に死刑談義をしていると、ムルクが誘拐されてしまった。彼の車はのどを切り裂かれた黒人運転手だけを乗せて、街中を走り回る。さらにムルクのところには絞首台の模型や処刑される人形などが、誰も入っていないのに置かれるという奇妙な事態。

 

 サー・ジョンに呼ばれたロンドン警視庁のタルボット警部が捜査にあたるが、ムルクの愛人までが姿を消し、彼女をガードしていた刑事も殺されてしまう。怪奇現象に度肝を抜かれているマール君らを尻目に、バンコランは事件の真相を知っているらしい。彼は姿の見えない「現代のケッチ」に罠を仕掛けるのだが。

 

 途中中世の処刑方法や関連機器の説明が続くなど、作者の中世趣味が現れた作品。不可能犯罪興味もあるのですが、まだ十分に手法が固まっていなかったようです。もちろん、凡百のミステリーとは出来が違いますがね。