田中芳樹という作者の本は、「銀河英雄伝説」を読んだことがあるだけ。それもTVアニメを見て、興味を持ったからである。「アルスラーン戦記」などの著作もあってサイエンスフィクション作家と言われているが、実は中国史に深い造詣を持ち「岳飛伝」など歴史ものの著作も多い。
「銀河英雄伝説」全10巻と外伝4巻を読んだ限りでは、戦術・作戦級の戦争ものではなく、戦略級(つまり政治・外交が主体)の作家だと思う。その考え方の原点は、中国4,000年の歴史の中で覚えた「権謀術数」にあるようだ。「銀河英雄伝説」の英雄ヤン・ウェンリーにしても正直冴えた作戦家には見えない。ただ作中の戦いに勝つだけだ。
兵站・訓練・士気・伏兵・奇襲などの棋理は抑えているものの、とても宇宙船の戦い方ではない。騎兵中隊と同じような戦いだし、寡兵が驚くような戦果を上げるのも本書と似ている。
本書は男装の騎兵花木蘭を主人公にした、寿命の短かった統一帝国「隋」の盛衰記である。男装の麗人は中国に限らず良くある戦士ものだが、9年もの長きにわたって男を装い幾多の戦いに生き残っただけでなく戦友にも女であることを気づかれなかったというのは例がない。もちろん木蘭は京劇の主人公であり、実在した可能性は低いのだが。
隋の2代目皇帝煬帝は、高句麗討伐の軍を起こすことにして各地に徴兵令を出した。体の不自由な父親に代わって、武術の達者な17歳の少女木蘭は男装して従軍する。緒戦で活躍した彼女は、馬にも乗れるので騎兵将校に抜擢される。ただ高句麗討伐そのものは失敗、首都平壌(!)をおとすことはできず、100万余の兵士のうち30万人以上を失う惨敗になってしまう。
その後は煬帝の放蕩もあり、再度の高句麗征伐など戦乱も続いて初代文帝の残した資産はどんどん減り、庶民の暮らしは苦しくなる。木蘭たちの軍勢も、河南の盗賊・反政府勢力との闘いに明け暮れる。隋最強の部隊と言われた木蘭の所属する軍勢も、「あの良くない皇帝の手先」と呼ばれて忌避されることに。
戦記物として読むとちょっと首をかしげるところもあるのだが、日本人があまり知らない「隋」という国の実態を勉強できる。それにしても文帝の時代に4,500万人いた中国の人口が、「唐」に代わられた時1,300万人になってしまうというのが恐ろしい。