新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

雑誌「幻影城」が生んだもの

 「幻影城」というのは江戸川乱歩のミステリー評論のタイトルなのだが、同じ名を冠したミステリー雑誌があった。1975年創刊というから僕は大学生になったばかり。一番ミステリー熱の高かったころではあるが、あまり日本の雑誌には興味も財布も向けなかった。もっぱら単行本を買うのと、EQMMの日本版を読むくらいだった。

 

 しかし後年わずか4年半で廃刊になった「幻影城」が、日本ミステリー界に大きな影響を与えたことを知る。もうその頃には古書店でも「幻影城」は手に入らなくなっていた。この雑誌が育てた作家で代表的な人は、「銀河英雄伝説」や中国の戦記で有名な田中芳樹と、直木賞作家でもある連城三紀彦、同じく「陰桔梗」で直木賞をとった泡坂妻夫がいる。

 

 泡坂妻夫の作品は以前に「11枚のとらんぷ」と「乱れからくり」を紹介しているが、デビュー作は本書に収められている「DL2号機事件」である。この短編で、作者は第一回「幻影城」新人賞の佳作を獲得している。デビュー時作者が創造したのが亜愛一郎という青年カメラマン。身長が高く彫の深い顔立ちのハンサム男子なのだが、気弱でグズ、いざとなってもドジばかり踏んでいる。写真の方も芸術とは程遠く、ゾウリムシや雲ばかり撮っている変人である。

 

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 そんな彼が40~70ページほどの短編の後半に登場すると、謎だらけの事件がたちどころに解決する。その推理は非常にユニークな論理展開によるもので、読者は毎回唖然とさせられるだろう。以前紹介したように、作者は有名なマジシャンでもある。自身が発明したという「消えるドクロ」という奇術の小道具も作中に登場する。プロット全体がトリックになっているような作品もあって、40年ぶりに読んだけれども十分楽しめた。

 

 本書に収められた8編は、いずれも「幻影城」に掲載されたもの。黄金仮面の扮装をしたサンドイッチマンが射殺される事件や、ひらがなばかりの詩に隠された暗号、熱気球内で射殺されていた男の話などいずれも奇怪な謎と意表を突く解決が詰まっている。

 

 まさに日本のクレイトン・ロースン、いやロースンを上回る奇術的な短編集である。あと3冊あるそうですから、精々探してみましょう。