新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

素人たちの「Mission Impossible」

 特段練習などしなくても、ある種のスキルに秀でている人というのはいるものだ。本書の作者ジェフリー・アーチャーは、文章やストーリーテリングの分野において間違いなく「天賦の才能」を持っていると思う。オックスフォード大卒、史上最年少の26歳でロンドン市の市会議員に当選、29歳には国会議員にもなった人だ。

 

 ところがカナダのある企業に100万ドルを投資したところ、1年で株券が紙くずになってしまった。再選のための資金を失った彼は次の選挙に出馬せず、なんとこの小説を書いたのだという。彼が資産を失ったのは、本書にあるような詐欺のせいだったかは公表されていない。

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  ニューヨークの貧民街で育ちメッセンジャーボーイから身をおこしたハーヴェイ・メトカーフは、ヤバいことにも平気で手を染める実業家。大規模な詐欺もするが、実行犯の後ろで糸を引くだけで警察に尻尾を掴まれたことはない。今回も北海油田を掘削する会社の株で、一儲けをたくらんだ。

 

 買い占めたこの会社の株を、いかにも石油を掘り当てたかのようなうわさを流して選んだカモに売りつける。カモが買ってくれるから株は徐々に上がるが、ついに暴落する。メトカーフに雇われた者たちはとっくに海外逃亡、残されたのは4人の被害者だけである。しかしこの4人(天才数学者・医師・画商・演劇好きの貴族)は、タッグを組んで失われた100万ドルをメトカーフから取り返す「スパイ大作戦」を敢行する。

 

  それぞれが仕組んだ罠にメトカーフをかけるのだが、他の3人は偽の客やカジノプレーヤ、大学総長などに扮し4人の協力でメトカーフをだますわけだ。

 

 画商:ニセのゴッホの作品を売りつける。

 医師:軽い毒を飲ませ、名医が緊急手術したことにして治療費をとる。

 数学者:自分のではない名門大学を見学させ、そこへの寄付を受け取る。

 

 全てのMissionに思惑違いや手違いがあってハラハラさせられるが、最後に残された貴族の青年ジェームズはなかなか妙案を思いつけない。この活動の過程で知り合ったモデル娘アンとの仲は発展するのだけれど本来の目的には届かない。思い余ったジェームズは、仲間との約束を破ってアンに相談を持ち掛けるのだが・・・。

 

 とてもこれがデビュー作とは思えない着想、ダイナミックな展開、そして意外な結末やどんでん返し。その後アーチャーはベストセラー作家として多くの著作を残した。もし彼が株で損をしなかったら、英国はベストセラー作家の代わりに国内政治の安定を得られたかも・・・とちょっと思ってしまいました。