新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

文豪の試技

 特にイギリスに多いのだが、文豪と呼ばれる人たちが本職はだしのミステリーを書くことがある。多くは作家として成功してから「余技」として何作か書くというものだ。イーデン・フィルポッツ、A・A・ミルン、E・C・ベントレーらの手になる、古典のなかではベストテン級の作品が残されている。

 
 「失われた地平線」や「チップス先生さようなら」で知られる作家ジェームズ・ヒルトンも、1編だけ長編ミステリーを書いた。ただ上記の作家たちと違うのは、大家の余技ではなく大家になる前の「試技」のような作品だったことである。「学校の殺人」(原題:Was is Murder?)は1932年の作。「失われた地平線」でベストセラー作家になる直前に、書かれたものだ。

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 実はこれも「名のみ知られた名作」であって、今回見つけて読んだのが最初。僕がミステリーを読まなくなった時期があるが、そのころ東京創元社が"Sogen Classics" というくくりでいくつか古典ミステリーを出版(再版?)したようで、このような装丁になっている。
 
 オーキングトン校というパブリックスクールで、相応の遺産を相続する兄弟が相次いで変死。校長が事件の内々の捜査を、同校OBの詩人に依頼するところから物語が始まる。素人探偵に加えてスコットランド・ヤードの刑事も登場し、複数の探偵役が事件をそれぞれの立場で追うことになる。このあたり、フィルポッツ「赤毛のレドメイン家」やミルン「赤い館の秘密」と似た展開である。
 
 解説によると、後年ヒルトンが短編ミステリーのベスト12を選んだがほとんどがイギリスのものだったという。そこから推測されるのは、売り出し前で金銭的に恵まれなかったヒルトン青年が、イギリスミステリーを勉強して糊口をしのごうとしたのではないかということ。
 
 本編も「赤毛のレドメイン家」やベントレートレント最後の事件」を思わせるストーリー展開が見られる。したがって最初に読んだ僕の印象は「古色蒼然としたミステリーだな」というものだった。固定した人気のあるミステリーを勉強しているので、どうしてもそれらの色がでてしまったのだろう。ヴィンセント・スターレットは「類型を脱した、第一級の傑作」と本編を評しているが、それは買い被りだと思う。
 
 幸いなことに直ぐにベストセラーを連発するようになった彼は、二度と長編ミステリーは書かなかった。ミステリーを勉強したことが、彼を普通小説の作家として成長させたのだと思う。