新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

直木賞ハードボイルド

 先日TVドラマ「非情のライセンス」の原作短編集を紹介した生島治郎の比較的初期の長編が本書(1967年発表)。生島治郎は上海生まれ、早稲田大学英文学科卒業後早川書房で「エラリー・クィーンズ・ミステリ・マガジン」の編集に携わった経歴を持つ。レイモンド・チャンドラーが好きで、日本に本格的なハードボイルド小説を書きたいと「傷跡の街」を発表したのがデビュー作である、

 

  彼が思うハードボイルド小説が持つべきものは、「感傷的な話でありながら主人公はそれに溺れず、自身の生き方をかたくなに守り続けること」らしい。本書の主人公の「わたし」こと志田部長刑事も、巨大な暴力組織浜内組を相手に孤高の戦いを続けていく。浜内組の下部組織は舞台となる神戸港や周辺の街に巣食い、警察組織に中にも影響力を持っている。志田の上司の警部補も、組関係から便宜を図ってもらっている悪徳警官の疑いが濃い。

 

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 それでも暴力組織に関与していた与党議員が急死して、少しの間隙が空いたことから警察組織の内偵が始まる。ただ志田刑事の捜査は、それとは関係なく管内で起きた殺人事件の容疑者を追ったもので、その過程で志田は誤射で同僚の刑事を半身不随にしてしまう。警官の職を辞しても、妻子と別れることになっても、巨悪を追い詰めることはやめようもないのが志田の矜持である。

 

 もともと組織の一員としては適性がなかった(警察側の評価)のだが、命がけの捜査がついに浜内組の下部組織から頂点の大物にいたるてがかりをつかむ。主な舞台となる神戸には「三国人」という中国等からの外国人が経済を支え、一方で港湾労働者のようなかつて虐げられた人たちの圧力団体やその守護者たる暴力組織がはびこっている。

 

 本当は弱い人たちを守る組織だったものが、社会に根付く巨悪になっていく。しかし「暴力団は社会的な存在で、地域の治安に貢献している」という信じがたい主張を、地域の政治家も承認している。そんな社会状況を背景に日本のハードボイルドを確立したのが本書、ゆえに直木賞まで獲得した。確かに読ませるミステリーだったと思います。