新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

3人がかりのアリバイ工作

 津村秀介の「伸介&美保」シリーズ、最後の作品「水戸の偽証」を読めないでいるうちに、また未読の1冊が手に入った。舞台は能登半島和倉温泉。そこに作者も何度か使っている、豪華寝台特急「トワイライト・エクスプレス」が絡んでくる。新幹線の走る太平洋岸ではなく、日本海側を走る今はなき特急列車である。グリーン車にあたるロイヤルの乗客には、京都を過ぎたあたりでワインのサービス、直江津あたりからディナー席が用意される。朝食は洞爺を過ぎたあたりから。大阪発1200で、札幌着は翌朝の903。

 

 本書(1992年発表)では浦上伸介は、初めて密室の謎に挑む。能登半島のツアーにひとりで参加し、現地到着のその夜に青酸中毒死した女性。現場はオートロックではないホテルのシングルの部屋で、カギがかかっていた部屋のルームキーは被害者の足元にあった。他にドアを開けられる(閉められる)のはマスターキーしかないが、その管理は万全で自殺と見られた。

 

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 しかし被害者が多額の遺産相続人で、夫とは離婚直前、弟とも犬猿の仲だったことから殺人の可能性を捜査陣は持つ。被害者が横浜在住だったことから「毎朝日報」の谷田キャップが事件に介入、伸介&美保もかり出される。

 

 身持ちの悪いブティック経営の夫は、当夜地元横浜で呑んだくれていたアリバイが成立。4人だけの不動産屋を営む弟は、その夜「トワイライト・エクスプレス」に乗っていたという。大阪駅の見送りから、検札、夕食弁当の受け取り、朝食に至るまで第三者の目撃者がいる。これが殺しだったとして殺害時刻には、容疑者は長岡~新津間を走る列車にいたことになる。

 

 伸介は容疑者の弟が務めていた建設会社をクビになった原因が横領事件にあることを知り、その時の共犯二人が不動産屋に勤務していることから、この事件は3人の共謀によるものだと考える。特急に乗っていたはずの容疑者は、どこかで替え玉と入れ替わったのだ。しかし替え玉の方もアリバイを主張、密室も解けない上に3人がかりの複雑なアリバイ工作に伸介は挑戦することになる。

 

 密室のトリックは割合シンプルなものだが「本職」のアリバイは、本当に複雑。本書は「伸介&美保」のアリバイ崩しでは少なくともベスト3に入る傑作だと思う。これも1990年ごろのJRダイヤ最盛期のゆえですかね。いや懐かしい限りです。