新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

80万年後の格差社会

 本書は以前「モロー博士の島」を紹介したSF創世記の巨人H・G・ウェルズの初期の短編集。作者の諸作は以後のSF作家たちに偉大な影響を与え、その基本的なアイデアはすべて彼の著作にあるとすら言われている。ただ作者はSF専門の作家だったわけではなく、政治活動にも興味を示したという。

 

 「世界統一国家」を構想し、ローズベルトやスターリンとも会見したという。「世界史概観」や「世界小史」という著作もある。普通小説も何篇か残している。彼は英国でも貧しい階級の出身で科学に興味を持っていたことから、自らの社会構造改革の主張を知らしめるには、SF小説という形が一番いいと判断したのかもしれない。

 

 本書は表題作である中編「タイムマシン」と5編の短編から成っている。表題作では、19世紀のロンドンである科学者が四次元幾何学を応用してタイムマシンを作り、80万年の未来へ旅した経験を語ったものだ。

 

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 彼が着いた80万年後のロンドンには、2つの人類の子孫と思われる種族が生きていた。いずれも小柄で知能が高くないのは共通点だが、

 

・エロイ族 地表で生活し果物しか食べない。生産活動をしているようには見えない。

・モーロック族 地下に隠れ住み肉食、生産活動は彼らがしているらしい。

 

 と種族が異なり、言語も違う。タイムトラベラーは、まず人類の子孫が科学を衰退させてしまったことを嘆く。(21世紀人もそうだが)19世紀人は新しい科学技術で人類を進化させられると思っていたのに、行きつく先は衰退かという絶望だ。自然の驚異は克服したようなのだが、争いもなくなり肉体的にも知能的にも強くなる必要は無くなったのだ。

 

 また地表のエロイ族は貴族社会の行きつく先、地下のモーロック族はエッセンシャルワーカーだと作者は主張する。格差社会は人種を分けるまでに進展したのだ。これは作者の人類全体への警鐘であり、今でも十分に(いまだからこそさらに)意味を持っている。

 

 他の短編も、異次元への扉・地球の自転すら止められる能力・ダイヤモンドの製造法・古代生物の再生・火星との通信機をテーマにしていて、このアイデア長編映画が十分作れると思う。今ではCG技術も発達しているから。今後SF映画を見るときは、作者のアイデアがどこに使われているか、気を付けておくことにします。