新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

失業者ゆえの計画殺人

 ドナルド・E・ウェストレイクという作家が本当に作風の広い人で、ペンネームも複数を使い分けている。ざっと見ただけでも、

 

・ウェストレイク名義のハードボイルド 「やとわれた男」他

リチャード・スターク名義の悪党もの 「悪党パーカー」シリーズ

・タッカー・コウ名義の私立探偵もの 「刑事くずれ」シリーズ

・サム・ホルト名義の素人探偵もの 「殺人シーンをもう一度」他

 

 さらに、パロディ・SF・政治陰謀もの・ソフトポルノにいたるまで著作がある。僕自身は「悪党パーカー」は何冊か読んで紹介しているくらいで、ウェストレイク名義の作品はこれが多分初めて。内容はかなりシリアスでリアリティのある、犯罪小説だ。

 

 1990年代後半、米国の製造業はリストラの渦中にあった。それはいまだに続いていて4年前の「トランプ旋風」の原因になった。本書の主人公「わたし」は、バークという中年失業者だ。製紙会社に20年余り勤め、直近では製紙ラインの管理者として妻と2人の子供を養ってきた。兵役の経験はあるが、大学卒業後はただ真面目に働いてきたのに、ある日リストラされた。

 

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 会社が製紙ラインを、人件費の安いカナダに移すことにしたからだ。会社側も再就職の訓練や退職金の割り増し、健康保険の延長など便宜は図ってくれるのだが、バークは2年間職を得られないでいる。もう一度製紙ラインで働きたいバークだが、競合他社も合併などでスリム化の話ばかり。同じように製紙ラインの管理者をしたい失業者は少なくない。

 

 そこでバークは現役の製紙ライン管理者を殺して後釜に座る計画を立てるのだが、その前に潜在的な競争相手を始末しておこうと連続殺人を考える。リストアップされたのはラストベルトで製紙ライン管理者を希望する6名。バークは拳銃の練習をし、目標の日常を調べ、一人づつ殺してゆく。

 

 兵役経験があるというだけで特殊部隊にいたわけでもないバークは、普通の市民である。そんな彼が慎重に目標に迫り、数々のアクシデントを乗り越えて犯行を重ねる姿にはリアリティがあふれる。そもそも一つの職のために7人殺すというのは途方もない話、全部殺せても内部昇格で管理ポストが埋まるかもしれないのに。

 

 そんな矛盾を忘れさせるほど、物語の展開は早く、読者を引きずり込む。解説が「ウェストレイクの代表作」と言っていたのは間違いないですね。この系統の作品、もっと探してみますよ。