新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

インテリジェンスとは「神の視座」

 本書は先月ノンフィクション「ニッポンFSXを撃て」を紹介したジャーナリスト作家手嶋龍一の手になる、本格的なインテリジェンス小説である。解説は、これも以前紹介した「日韓激突」で作者と対談した元外交官佐藤優氏が書いている。その解説によればインテリジェンス小説を書くには、

 

・機密情報に触れる立場にあること

・公開情報からそのウラを読める分析能力があること

・分析結果からの仮説を確認できる「その業界」の知己があること

 

 なのだそうだ。作者は日本では極めて珍しい、この3能力を持った人だと解説にある。本書の発表は2006年、小泉内閣時代で北朝鮮が拉致を認め、一部被害者を送り返してきたり、金正男東京ディズニーランド訪問で逮捕され送り返されたりした直後である。日本政府の高官である、強硬派内閣官房副長官高遠と穏健派外務省審議官瀧澤は、これらの北朝鮮関連事件で対立しながらもお互いの力を認めている。

 

 北朝鮮が偽100ドル札を作っていることは公知で、日本から彫刻職人を拉致し、用紙や印刷機などを長い時間かけて手に入れていたという設定から事件は始まる。きっかけとなったのは、IRAの大物が持っていた札束に3枚だけ極めて精巧な偽札が見つかったという件。英国情報部で日本通のステーブンは、米国財務省の捜査官や高遠たちと連携して北朝鮮側の目的を探ろうとする。

 

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 米国当局は偽造防止に、透かし・マイクロ文字・ホログラム・スレッドなどを入れているのだが、この偽札は全て本物と同じ。いわば「印刷所が違うだけ」の代物だ。さらに次の改良で無線ICチップ(RFIDタグ)を入れる予定だが、日本の(鑑別装置・RFIDのR&D)企業にも北朝鮮の魔手は伸びていた。

 

 ときおりステーブンが日本文化に触れる「幕間」を除けば、事態はスピーディに展開する。ワシントンDC、ロンドン、パリ、東京そして函館と、僕の知っている街をステーブンらは駆け回る。どうも北朝鮮は偽札で得た資金でウクライナから巡航ミサイルを買おうとしているらしい。

 

 2006年は、僕が政治的な目的で渡航を始めたころ。鑑別・RFIDなどの技術も多少は知ってるので、とても懐かしく読めました。ひょっとすると僕の出張時、隣のホテルでこんな事件が・・・とすら思わせてくれます。最も印象深かったのは、作中の「インテリジェンスとは神の視座、神の高みから人間界を見下ろすこと」という言葉でした。