新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

悩める小説家たち

 以前ドナルド・E・ウェストレイクのノンシリーズ「斧」を紹介した。リチャード・スターク名義で「悪党パーカー」シリーズを書くなど、広範な作風で知られる作者だが、「斧」はシリアスな中にも米国製造業の空洞化を風刺した傑作だった。そこで、同じスタイルで書かれたと言う本書(2000年発表)を買ってきた。

 

 今回の舞台は、作者もどっぷりつかっている出版業界。ベストセラー作家は、執筆に入る前から出版社と契約が結ばれお金が動く。その陰には代理人と呼ばれる仲介業者が、作者と編集者の間で暗躍(もちろん相応のFeeをとる)する。読者が手に取り書店に払うお金の幾分から彼らの懐にも入るわけだ。

 

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 青年時代から知り合いだった二人の男、ブライスとウェインは全くの偶然で20年振りに再会する。どちらも作家だが、

 

ブライス ベストセラー作家で収入も多いが、妻が浪費家で版権の1/2を持っている。別居して、2年間の泥沼の離婚調停中。そのストレスもあって今は筆が進まない。

 

・ウェイン 慈善団体の経営者である妻と、仲睦まじい暮らし。一時期はそこそこ売れたが、今は完成原稿を持ち込んでも相手にしてもらえない。

 

 売れなくなったウェインが、出版界の非情性を嘆くシーンがリアルだ。前作がどのくらい売れたかで、コンピュータ(今でいうAI?)が自動的に次作の契約金を決めてくる。その判定には血も涙もない。むしろ新人作として売り出す方が、コンピュータに先入観がないので高く値を付けてくれる・・・とある。ウェインも一度ペンネームで「謎の新人」として売り出すが、その手は二度使えず困っていた。

 

 そんなウェインにブライスは、完成原稿をブライス名で出版し契約金は山分けという提案をする。ただし条件がひとつ、別居中の妻を殺してくれという。悩んだウェインだが、契約金の額と妻の後押しで殺しを決意する。それは幸運にも成功するのだが・・・。

 

 殺人とその捜査よりも、ゴーストライティングを隠すために二人が奔走する姿が哀しくもリアルだ。そして殺しをしてしまったウェインと、最大の憎しみを持ちながら自ら殺さなかった(殺せなかった)ブライスには、徐々に心の変化が起きる。

 

 作者らしい皮肉な落ちが待つ巻末まで、400ページを長く感じさせない力作です。ちなみに原題「The Hook」は小説の「売り」のこと。これを得るために彼らは血を流す思いをするのですね。