新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

昭和20年代の「宝石」

 本書は「本格の鬼」鮎川哲也の編集による、昭和20年代の「幻の本格作品」を集めたアンソロジー第二次世界大戦後、日本のミステリー界は空前の本格ブームを迎えた。江戸川乱歩横溝正史ら戦前からの作家に加え、高木彬光鮎川哲也らの登場で、一気に花開いた感がある。ブームを担った雑誌に「宝石」があり、本書に収められた作品群は同誌に掲載された後、日の目を見なかったものもある。

 

 表題作となった「鯉沼家の悲劇」は、地方の名士(かつては大名にも匹敵)だった鯉沼家の美しい四姉妹と妾腹の末娘の話である。江戸川乱歩が「相当関心した」上で「一種の気魂を持つ特異な力作」と評した作品だったが、長らく再活字化されなかったのはその中途半端な長さ(160ページほど)のせいだろう。

 

 当主が銘刀で命を落とし、長男も行方不明となった鯉沼家。長女・三女・四女は独身のまま家に残っている。次女だけが格下の家に嫁ぎ、語り手はその長男である。次女の結婚は猛反対に遭い、長女は「恥だから自害せよ」とまで迫った。そんな因習の家にはもう一人、妾腹の末娘がいて下女のように虐げられていた。10年前彼女は家出し、若い画家と駆け落ちした。

 

        

 

 二度と戻らないと決めていた次女の下に「法事をするから集まれ、末娘も子供を連れて戻ってきている」と手紙が来た。彼女は長男を代わりに行かせることにしたが、末娘は三女や四女に「死の影」があると予言する狂女と化していた。

 

 冒頭の怪奇性は秀逸、次々に被害者が出る中盤のサスペンスもまずまずで、最後に現れる名探偵の解決も鮮やかだ。乱歩が激賞したのも理解できる。ただ全体が短すぎて、コクに欠け「解決編」が浮いて見えるようだ。多分連載の回数などの制限があったのだろう。じっくり書き下ろしていればと、残念に思う。

 

 他に横溝正史が20ページほど書いて絶筆した後を、2人の作家(岡田鯱彦・岡村雄輔)が書き継いだ「病院横町の首縊りの家」と、密室作家狩久の「見えない足跡」「共犯者」が収録されている。

 

 「鯉沼家の悲劇」の作者宮野叢子と狩久のお二人については「本格推理マガジン」編集部から、

 

 ご遺族の連絡先をご存じの方は、編集部まで一報ください。

 

 との連絡文が掲載されていた。原稿料について連絡を取りたいのでしょうが、多くのミステリー作家自身も「幻」になってしまったということですかね。ちょっと寂しい・・・。