「歴史探偵」と言われた、作家の半藤一利氏が亡くなって1年以上になる。氏は戦争体験もあり、護憲派の論客として多くの著書を遺した。主に昭和史の探求に尽くした人である。「歴史探偵」の跡を継ぐべき人は沢山いるが、その中で僕の世代で有名なのが井沢元彦。「逆説の日本史」という全19巻の対策もあり、古代から現代に至る広範な時代での「逆説」が連ねられている。
デビュー作「猿丸幻視行」は、SF的手法の本格歴史ミステリーだった。ミステリーとしての意外性などには特徴はないが、舞台設定は非常にユニークな諸作がある。これまでも織田信長を探偵役にした数作と、「壬申の乱」の裏面に迫る「隠された帝」などを紹介している。作者の日本史観をまとめると、
・歴史は必ず改ざんされる
⇒ 「古事記」「日本書紀」などの記述を丸呑みしてはいけない。
・日本には「言霊」が存在する
⇒ 悪いことを「起きる」というと、本当に起きると信じられている。
・不幸にして死んだ人は「怨霊」になるので、これを祀る
⇒ 勢力争いの敗者は、勝者より立派な神殿等に祀られる。
というもの。「聖徳太子」というおくり名は、彼と闘って倒した為政者(藤原氏)の側が祟られるのを恐れて、「聖」の上に「徳」まで付けて祀ったものだという。
本書は、作者の歴史観を15のエピソードに託して、コンパクトにまとめたもの。「壬申の乱」にからむ3エピソードや、織田信長からみの5エピソードを除いて面白かったのは、
1)小野小町
惟喬親王の乳母だったというのが作者の説。ミドルクラスの家系の女性が歴史に名を遺すには、皇太子の乳母というのは便利なポスト。ただ親王は皇位争いに敗れて、小町も非業のうちに死んだゆえに「絶世の美女」と奉られたということ。
2)黒田長政
関ケ原の合戦は、太閤恩顧の勢力(加藤清正・福島正則らの武人)が徳川方に着いたことで、家康は薄氷の勝利を得る。その工作をしたのが黒田官兵衛の息子長政。ただ九州にあった父官兵衛(出家して如水)は、たった一日で天下の決戦を終わらせたことを激怒したという。両勢力が闘い、再び乱世にする思惑だったからだ。
天武天皇は天智天皇の弟ではなく、皇族かもしれないが中枢の人物ではなかったと作者は言う。さらに天武亡きあとは女性の持統天皇が即位するのだから、万世一系も男系相続も過去には守られなかった。今の皇位継承論は固すぎませんかね?