1953年発表の本書は、女王アガサ・クリスティの「ポワロもの」。解説を大仕掛けが得意のミステリー作家折原一が書いていて、本書がクリスティ女史のベスト1だと評価している。ちなみに彼のベスト3は、
1)葬儀を終えて
2)ナイルに死す
3)白昼の悪魔
とすべてがポアロもの。有名な「アクロイド殺害事件」や「オリエント急行殺人事件」は、ベスト10にも入っていない。さすがに「そして誰もいなくなった」は6位に入っているが。折原説によると、本書を「遺言状の内容が発表される探偵小説マニアが涙を流す冒頭、中盤に横溢するサスペンス、そして意外な犯人」によって、ベストに推すとのこと。
富豪アバネシー家の当主リチャードが死んだ。跡取りのモーティマーは数ヵ月前に急死して、リチャードは肩を落としていた。すべてをモーティマーに譲るつもりだったが、遺言状を書き直す羽目になり、リチャードは6人の弟・妹・その子供たちの誰に遺産を譲るか悩んでいた。すでに亡くなっている人も多く、候補者は弟・末の妹・死んだ弟の妻・姪夫婦2組しかない。
眠ったまま死んだリチャードの葬儀には相続候補者が集まるが、末の妹コーラなどは数十年ぶりに姿を現すほど、彼らは疎遠だ。葬儀の後、皆に均等に遺産を分けるとする遺言状が公表される。しかしその食事の席でコーラが放った一言が、事件を巻き起こす。
「だって、リチャードは殺されたんじゃなかったの。あんなこと言ってたし」
子供の頃から奇矯な発言が多い彼女だったから、数十年振りに会った親族も特に気にしなかったのだが、コーラが自宅で惨殺されるに及んで、彼らは疑念の只中に突き落とされる。アバネシー家の顧問弁護士は、リチャードを殺した誰かがコーラに手がかりをつかまれて口をふさいだのではないかと疑い、真相を調べてくれとポワロに頼む。ポワロは国連難民救済機構の役人に化けて、アバネシー家に投宿し、人間観察を始める。
「意外な犯人」は女王の得意技なのだが、本書のそれは探偵小説マニアの盲点を突いたもの。僕もすっかり騙された。創元推理文庫ではなくハヤカワ書房だったせいなのか、僕は学生時代に読めなかった一冊。解説者は大学生時代に読めたとあって、世代の違いにちょっと悔しい思いだった。
確かに傑作、これを今まで読めていなかったのは、幸いと言うべきでしょうかね。