新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「新光映画」に蠢く欲望

 1961年発表の本書は、直木賞作家水上勉の手になるミステリー。作者は貧しい家庭に育ち一時出家、事実上寺に預けられた。還俗後、様々な職業に就き離婚も経験、血を吐くこともあった。松本清張「点と線」を読んでミステリーに開眼し、社会派の雄となった。本書と同年に発表した「雁の寺」で直木賞を受賞している。

 

 時代は映画産業が隆盛を極めていたころ、中堅映画会社「新光映画」は、一度倒産しながら、時代劇女優小倉しのぶらを擁して復活を果たした。10月のある日、映画の撮影の合間に信州上田のイベントに参加するため、しのぶは上野発の準急に乗ったが行方不明になってしまう。

 

 2日後、彼女は懐古園近くの千曲川で水死体となって見つかった。コートや上衣のポケットには、千曲川には存在しない石が詰まっていた。彼女を巡っては、関係が疑われる「新光映画」の専務、元恋人で最近干され気味の男優、その秘書役のチンピラ、ライバルの肉体派女優、女優を目指すモデル、美しすぎる付き人などがからむ。

 

        

 

 小諸署の牟田井刑事は、石を専門家に鑑定してもらい、糸魚川周辺のものだと知る。一方警視庁の梶本警部補は「新光映画」の内情を探るうち、同社のパトロン的存在を知る。高崎に居を構える「マスヤ家具」の浦部社長は「新光映画」の大小の撮影道具を独占してリースしているし、株式も相当持っているらしい。牟田井と梶本は地道な捜査を続け、相互に手紙で進捗を知らせる。

 

 ケータイもメールもない時代の連携捜査だが、もどかしさゆえにサスペンスを醸しだしている。大勢の「女優さんのように美しい」女が登場し、男女の欲望が徐々に明らかになっていく過程のみごとさは、筆者の筆力というしかない。

 

 本書を作者はあまり評価していなかったというが、やや社会性が薄く警察小説色合いになったことが気に入らないのかもしれない。僕としては、日本ミステリー界に警察小説の先鞭をつけた傑作だと思いますよ。