新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

書きたい放題書いてみた

 2018年英国で発表された本書は翌年日本でも出版され、早々にBook-offの100円コーナーに並ぶスピード感である。読み始めて驚いたのは、「・・・」という会話を表わすカギカッコが一つもないこと。確かにおれことジャック・プライスの独白が9割を占める小説なのだが、会話がないわけではない。それも含めて、全部地の分というか独白の中に入ってしまっているのだ。

 

 ジャックは元コーヒーのディーラーだったが、現在はコカインのディーラー。もちろん違法なのだが、デジタル時代の作品らしくその犯行の手口はサイバー空間を活用したものだ。簡単に言えばブツを運ぶのは「Uber」のような事業者で、ジャック自身は運び屋には会っておらずそこからアシが付くことは無い。仕入れから需要先への物流を、サイバー空間を使って支配するというのが、ジャックの得意技。

 

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 そんな彼は高層マンションのペントハウスに棲んでいるが、1フロア下に住む老女が射殺される。特に親しいわけでもないのだが、自分の「縄張り」で起きた事件を彼が探り始めると、何者かが襲い掛かってきた。歯を折られたり全身50カ所ほどの打撲傷を食らった彼だが、闇の医師のところでケガを直す。サシ歯を接着剤でくっつけるシーンなどもあり、結構グロい。

 

 やがて彼を狙っているのが<セブン・デーモンズ>という7名の暗殺集団であることがわかり、彼は反撃に転じることにする。彼自身だけでなく、協力者の弁護士・警官・財務担当者なども暗殺集団に狙われるのだが、彼は最低限のワーニングを流しただけで警官などは見殺しにしてしまう。一匹オオカミの犯罪者なら仕方ないのかもしれないが、モラルのかけらもない主人公である。読者はその主人公の独白だけを頼りに、物語を追うことになる。

 

 グロだけでなくエロいシーンも再三出てくるし全く救いのない話なのだが、妙にリアリティがないのはジャックの軽妙な語り口によるものだろう。僕は全編約400ページを通じて、これはファンタジーだと思った。設定はとても恐ろし気な殺し屋7人だが、正直現実のものと思えないのだ。

 

 作者のエイダン・トルーヘンは高名な作家のペンネームと噂されるが、その正体は全く分からない。解説にもあるように、書きたい放題書いてみたけどどうですか?と問われているような気がする。うーん、もう1冊続編があったとして読みたいかといえば、それはNoですね。