新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

賤民長屋の探偵団

 都筑道夫という作家は非常に作風の広い人で、本書のような時代推理ものから現代もの、SFに至るまで多くの小説を残した。その大半は短編もしくはショートショートで、いずれも皮肉なユーモアが感じられる。ペンネームも10くらいはあり、シリーズものも多い。本書はその代表的な「なめくじ長屋のセンセー」を主人公にしたシリーズの第一集である。

 

 作者は今の文京区生まれの「江戸っ子」、学生の頃から岡本綺堂大佛次郎らに傾倒し、早川書房入社後「EQMM」の編集に携わって、同社のSF文庫を立ち上げた経歴がある。その作風の広さは、このような指向・経験から来ているのだろうが、根本的に「書くことが好き」な性格だったことは間違いない。

 

 本書はその特徴を余すところなく盛り込んでいて、江戸時代の山王祭りの説明や描写は非常に詳しく、また生き生きしている。一方、7編のほとんどでミステリーのトリックが使われていて、密室・意外な犯人・人間消失・怪奇風の味付けとサービス満点だ。

 

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 探偵役の「センセー」は、しばらく前からなめくじ長屋で暮らし始めた砂絵描き。この長屋は、大道芸人やある種の職人、今でいうLGBTの青年など、一般社会で市民権を持たない人たちが暮らすところだ。「センセー」はその武芸(竹光でヤクザを撃退するし、砂で目つぶしを食わせる!)と推理力で、世間の事件に介入したり巻き込まれ、多くの場合長屋の人たちの暮らしを楽にするオアシを稼ぐ。

 

 長屋の面々も、大道芸の能力や変装、追跡などの特技で「センセー」を助け、市民から卑しまれる集団ながら、八丁堀の同心や岡っ引きらがサジを投げる事件を解決する。もちろん公的な捜査権はないが、その分勝手な解決もできるというもの。下手人をかばって逃亡させたり、金を貰って見逃したりする。

 

 物語の中に、「非人」と呼ばれる賤民たちの日常が描かれていたり、「砂絵」という変わった芸術(大道芸に一つだろう)が紹介されているのも、江戸時代の「江戸」を勉強させてくれる。

 

 作者には変わった主人公(泡姫シルヴィア、ものぐさ米国人キリオン・スレイ、幽霊専門の物部太郎など)が登場するが、この「センセー」も相当な変人ですね。肩の凝らない読み物として、見つけたら買ってくることにします。