本書は以前「殺人の棋譜」「奥の細道殺人事件」などを紹介した、斎藤栄のノンシリーズ。作者は1970年までは1作/年のペースだったのに、それ以降作品を量産し始める。かつて紹介した「Nの悲劇」も、野口英世の死の真相を探るというテーマは面白かったのだが、「竜頭蛇尾」の印象が強い。作品の質が保てなくなっていたような気がする。後に作者は、
・占い術ミステリー「タロット日美子もの」
・トラベルミステリー「江戸川警部もの」
・社会派ミステリー「魔法陣もの」
などを量産していくことになる。作者の特徴は将棋界や時刻表と言った、自身の趣味の世界での事件にあるのだが「社会派ミステリー」が隆盛だったことから、それとの融合を考えて、迷宮に入ってしまった感もある。
本書はすでに量産体制に入ってた1980年の発表で、この時代ならではの社会問題が取り上げられている。それは、学歴偏重主義と入試不正、宝石などの相場を悪用した詐欺、そしてサラ金である。横浜市建設部次長の三島には3つの悩みがあった。
・自身は中卒、努力と才覚で次長にはなったが、出世は頭打ち。
・なんとか大学に行かせたい一人息子は二浪中。
・財テクのつもりで手を出した宝石相場で大損。
三島の家は名家で屋敷も広いが、市役所の給料では維持が精一杯。同居の父親は、まだ実権をもっていて頑固者だ。息子はバカではないのだが、鉄道オタクで勉強に身が入らない。国立にはとても行けず、地元の有力私学に望みを託している。妻は息子にべったりで、なんとしても合格させたいと入試問題を(不正に)買ったのだが、これが偽物で息子はまた受験に失敗する。三島自身は商社の部長に口をきいてもらって宝石相場をやったのだが、大損してもその部長は知らんぷり。
三島家が大混乱に陥る中、サラ金業者と商社の部長が刺殺され、凶器が同じことだったから連続殺人とみなされる。さらに商社の部長がウラで不正に入試問題を売っていたこともわかり、三島家に疑いがかかるが・・・。
・時刻表自身をつかったトリック
・駅名に隠された暗号
・ホテルに宿泊していたとのアリバイ
など「探偵小説」の要素はあるのだが、いずれも小粒。二浪中の息子は僕と同世代で、おかれた状況は良く分かるのだが、作者(東大卒)の視線はあまり温かくない。社会派ミステリーとしても警察小説としても、ちょっと物足りなかったですね。