新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ビゼーを待つシューマン

 本書は、以前紹介した「危険な童話」などと同様、土屋隆夫の「千草検事シリーズ」の長編と何編はの短編、エッセイなどを合本したもの。中心となっているのは、1966年に発表された300ページほどの長編「赤の組曲」である。

 

 千草検事の学生時代の知り合い坂口秋男は、出版社の部長。卒業以来10年振りに再会し、時折酒を呑む間柄だ。彼が突然訪ねて来て「妻美世が失踪したので、警察に口をきいてくれ」という。1年ほど前、ひとり息子をひき逃げで亡くしてから、妻は情緒不安定になり一晩街を歩き回ることもあったという。

 

 しかし、今回は衝動的な失踪ではなく、前日に30万円(今だと300万円くらいか)を銀行から引き下ろしているので計画的なものだと思われる。千草は所轄の警察署長を紹介するのだが、坂口は2人だけの時に呼び合う言葉を使って新聞広告も出した。「ビゼー(美世)よ帰れ、シューマン(秋男)は待つ」との文面。

 

        

 

 失踪の直前に美世を会話した坂口の部下牧の証言で、千草は美世が信州方面に行ったと推測する。長野県の別所温泉の旅館に美世らしき女が現れ、駅に男を迎えに行くと言って出て行ったきり戻らなかった。

 

 自宅で見つかった血染めのゼロの文字、ひき逃げ犯の赤いヘルメット、旅館に残された赤いネグリジェ、さらに赤い日記帳や夕焼けが全編を貫く<赤のモチーフ>である。やがて美世に付きまとっていた男の死体が見つかり、千草は大酒のみの野本刑事らの助けを借りて事件を解決しようとする。

 

 千草は、美世も殺されていると考えたのだが、ある日牧が東京で美世を目撃したという。ちゃんとした証言をとろうとした矢先、牧も殺されてしまった。

 

 抑えるところは抑えた正統派の本格ミステリーで、指紋・血液型(まだDNAは使えない)など科学捜査も少しはあるが、基本は心理トリック。長すぎる昨今のミステリーに比べ、安心して読めますね。