新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

名無しの非情な探偵

 1929年というのは、第一次大戦後世界経済の中心になったアメリカから「大恐慌」が発生して、暗雲が漂ってきた年である。それ以降、ドイツではナチス党が台頭、中国東北部には日本の傀儡国家「満州国」が生まれるなど、世界は次の大戦に向かって転げ落ちてゆく。ミステリー界にとっても、1929年はメルクマールの年である。東海岸では、本格パズルミステリーの旗手エラリー・クイーンがデビューしている。一方西海岸では、最初のハードボイルド探偵コンチネンタル探偵社の「おれ」が登場した。

 

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 ダシール・ハメット自身が探偵社に勤めた経験があり、ある程度組織的な「私立探偵」の動きをリアルに描くことができたのだろう。ただこの「おれ」の行動は、相当荒っぽい。コンチネンタル探偵社サンフランシスコ支局員である「おれ」は、パーソンヴィル(通称ポイズンヴィル)という人口4~5万人の中西部の街に呼ばれてやってくる。しかし会う前に依頼人が殺され、街に巣食う闇酒屋、闇金汚職警官、賭博屋などの抗争に巻き込まれる。いや巻き込まれたのは最初だけで、街のドンから「街の大掃除」を依頼されるや、街中に不和のタネをばらまいで抗争をあおってゆく。
 
 最終的に40名を越える死者が、300ページのうちに発生する。こうなると、冒頭の依頼人が殺された事件の犯人探しなど、些細な話になってしまう。「おれ」自身早々に警官を射殺してしまうのだから、これは「探偵小説」ではない。西部劇か、ギャングものか・・・と思っていたが一番近いのは黒澤明監督の「用心棒」ではないだろうか。現に黒澤監督も、ハメットにはいろいろアイデアを貰ったと言っている。
 
 ハメットの「マルタの鷹」も読んだが、こちらはチャンドラー・マクドナルドにつながる味のある一匹狼探偵もので、映画の中のサム・スペード(演じるのはハンフリー・ボガート)は恰好良かった。最初のハードボイルド探偵である「おれ」は、サラリーマンでありながら勝手に抗争をあおり血を流させる。最後に「ボスから大目玉をくらった」とあるが、そんなもので済めばありがたい話だろう。