新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

探偵小説、日本の夜明け

 ミステリーの本場はやはり欧米、なかでもイギリスとアメリカが双璧である。日本はこの両国との関係が悪くなり、やがては戦争に突入する。英語は敵性語であり、使用が禁じられた。あほらしい話だが、野球も「ストライク」といえず「よし1本」などと言い替えた時代である。

 
 当然ミステリーの入荷など無理になり、当時隆盛を極めていた本格探偵小説(クリスティ、クロフツヴァン・ダイン、クイーン、カーら)の動静は分からなくなっていった。それに加えてミステリーより戦記物に人気が集まり、需要も供給も細って、日本の探偵小説は暗黒の時代を迎える。
 
 しかし敗戦によって新しい風が吹き、復活の兆しをつかんで以降興隆することになる。その旗手が横溝正史だろう。著名なミステリー作家江戸川乱歩には、変格小説が多い。以前紹介した「三角館の恐怖」などは堂々として本格ものだが、いかんせん翻案小説である。明智小五郎という名探偵も、華麗な推理を披露した作品は多くないし、ほとんどは短編小説である。

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 横溝正史は「本陣殺人事件」でデビュー、本格長編を多く書いた。これらの諸作は質量ともに、先に揚げた英米の大家に劣るものではない。代表作のひとつが、この「獄門島」。映画化されたこともあり、石坂浩二演じる探偵金田一耕助は絵になっていた。瀬戸内海の小さな島で、島の主ともいうべき網元の鬼頭一族にまつわる連続殺人事件が起きる。金田一耕助は、戦友である鬼頭本家の長男が復員船で病死する際に遺言を託され、鬼頭家を訪れる。
 
 芭蕉の俳句をモチーフにして、不可解な死に方をする三姉妹。本来島の支配者だったはずだが発狂して座敷牢で暮らす本家の主人。よそ者を寄せつけない島の風土。怪奇あふれる雰囲気の中で謎が深まるが、最後に明確な答え(解決)が待っている。ディクスン・カーが似たような作風だが、カーの解決は分かりにくいこともあり、僕は横溝正史の方がずっと好きである。
 
 ミステリーとして一流なのはもちろんだが、第二次大戦の敗戦後の日本の状況が記されていてそういう意味でも評価できる。金田一と鬼頭家の長男はニューギニアのウエワクで知り合ったことになっていて、最初読んだ時(大学時代)はウエワクがどこかは分からなかった。その後太平洋戦争を扱ったシミュレーションゲームでその場所を覚えた。戦前から戦中の、日本にとっても探偵小説にとっても暗黒の時代についに夜明けが来た。その契機となった記念すべき作品である。