新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「斧・琴・菊」の怨念

 敵性国家の象徴でもある「探偵小説」が軍国体制で抑圧されていた時代、愛好家たちは「捕物帳」に逃げ込んで時代が変わるのを待っていた。横溝正史も「人形佐七」などの諸作を書いていたが、晴れて(と言いましょう)戦後となり、堂々と本格探偵小説を書けるようになった。

 

 その奔流はすさまじく、この時期に書かれた作品の迫力は似た作風と言われるディクスン・カーのものを上回る出来栄えだと僕は思う。作者の名作はほぼこの時期に書かれていて、ベスト3は、

 

 ・獄門島(1948年)

 ・犬神家の一族(1951年)

 ・悪魔が来りて笛を吹く(1953年)

 

 だと思っている。「本陣殺人事件」は200ページほどと短いのが気になるし、「八つ墓村」は主人公が辰也青年で金田一探偵が脇に追いやられているからちょっと減点。

 

 本書はまだ戦後の混乱期、ミャンマー戦線で重傷を負った犬神家の佐清青年が帰ってきて物語が始まる。犬神家は明治期から生糸で財を成した信州の富豪。創業者佐兵衛翁は、三人の孫息子(佐清・佐武・佐智)と恩人野村家の娘珠世をからめた複雑な遺言を残して81歳の大往生を遂げた。珠世は絶世の美女で、幼いころから一緒に育った佐清を想っている。

 

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 珠世は遺言で三人の孫息子の誰かと結婚すれば、犬神家の全財産を相続できる。佐武は乱暴、佐智は陰湿なのだが、佐清ミャンマー戦線で二目とみられぬほど顔に傷を負って帰ってきた。そこから、犬神家の宝物「斧・琴・菊」(よきこときく)にちなんだ凄惨な連続殺人事件が幕を開けることになる。

 

 三人の孫息子は全部母親(松子・竹子・梅子)が違い、その母親(つまり佐兵衛翁の妾たち)も全部違う。さらに佐兵衛翁晩年の愛人が生んだ静馬という青年もいることがわかり、閉じられてはいるが複雑な人間関係が憎悪を生む。そして佐武が菊人形の中で、佐智が琴糸で殺されて行って・・・。

 

 いかにも造り物めいた名前や背景、さらに金田一探偵のユーモラスな言動。それでも圧倒的なサスペンスが物語をひっぱってゆく。映画化もされて、謎解きはもちろんストーリーも分かってはいたのですが面白く読めました。それにしても「斧」をヨキと発音するのは、僕の田舎でもあったこと。今はとても読めませんよね。