新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

等身大の私立探偵

 本書はインディアナポリスで一番安い私立探偵だと、自らも言うアルバート・サムスンの二度目の登場作品である。1日$35+経費というのは確かに安い。フィリップ・マーロウは$100、スペンサーは$200だった。本書の発表は1973年だから、マーロウよりは大分遅く、スペンサーとは時期的に大差はない。

 
 サムスンは私立探偵なので、このシリーズはハードボイルドに区分されるようだが、マーロウのような孤高さもスペンサーのような荒っぽさも持ってはいない。彼は30歳代後半の独身男として、普通にインディアナポリスの下町で暮らしている。

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 マイクル・Z・リューインは20年あまりの間に13作しか書かなかった寡作家で、その中でサムスンものは半分しかない。デビュー作「A型の女」の紹介には「心優しき探偵」と紹介されていて、それなりに面白く読んだ。特に写真に関する記述は、僕も写真好きなので興味をひいた。しかしその時は、まあ普通のミステリーかなと思っただけだった。それが第二作の本書、ぐっと面白くなったと思う。
 
 ベトナム帰還兵でPTSDに悩まされている青年が、警備の仕事についていて私立探偵を射殺してしまう。側にいた男に「悪い奴だから殺せ」と言われて、ショットガンで撃ってしまったのである。青年の妻からの依頼(一番安かったのが受注の決め手になった)で、サムスンはこの青年の罪を軽くするための調査を始める。官選弁護士は有能なようだがビジネスライク、勝ち目のない裁判だから身が入らない。
 
 警察も彼が引金を引いたのは確かなので、特にそれ以上の捜査はしない。青年の雇い主である警備会社社長は、私立探偵嫌いでろくに口をきいてくれない。サムスンはあまりバイタリティは発揮しない。今日は捜査はしないで、バスケットボールでもしようかとしてゲームで子供にコテンパンに負かされてしまったりする。
 
 マーロウのような警句、スペンサーのような饒舌の替わりに、サムスンはひたすら内省的に独白する。その独白が哀愁を帯びていて面白い。やがて事件はマニピュレータによる私立探偵謀殺ではないかとの仮説を立てたサムスンは、謀殺を企んだ男たちと対決する。
 
 マニピュレーションはエラリー・クイーンがよく用いた手法だが、リューインのそれはベトナム帰還兵のPTSDというリアリティのあるものが背景になっている。なかなか読ませる作品だったので、残るサムスンもの4作も探してみましょうかね。