新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

エスメラルダという街

 ハードボイルドの雄レイモンド・チャンドラーは、長編を7作しか残さなかった。1958年発表の本書が、その最後の作品。代表作「長いお別れ」を発表後、作者は4年間沈黙していた。そして本書発表後に亡くなっている。実は「プードルスプリングス物語」という次の作品があるのだが、チャンドラーが書いたのは4章まで。残りをスペンサーもので有名なロバート・B・パーカーが書き継いで完成させたものだ。

 

https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2019/07/27/120000

 

 チャンドラー作品に傾倒しその全てを翻訳した清水俊二によれば、本書は「不思議なマーロウもの」なのだという。本来ハードボイルドでストイックな探偵であるマーロウが、本書では2人の事件関係者とベッドを共にしている。またそれまで主にロサンゼルス(ハリウッド)が舞台だったのに、本書では南カリフォルニアエスメラルダという街での活躍になってしまった。この街、引退した富裕層が余生を暮らしたり豪華な別荘がある一方で、悲惨な貧民街もある。

 

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 ベッドシーンだけではなく、物語の本筋と関係ないシーンが結構多い。引退した老人が宗教観や死生観を延々語り、マーロウが素直に聞いているところなどその典型だ。「長いお別れ」発表後、愛妻シシイを亡くし自身も健康を損なってロサンゼルスから南カリフォルニアのラホヤに移ったことも、「不思議さ」の原因なのかもしれない。エスメラルダのモデルはラホヤだと思われる。

 

 突然の電話依頼を受けて、マーロウは長距離列車に乗る女ベティを尾行して行き先を確かめることになる。彼女は列車に乗る前に長身の男と話をし、エスメラルダにやってきたが、長身の男もそこに現れる。マーロウはこの男ミッチェルはベティを恐喝していると直感し、ベティを守ろうとする。

 

 高級ホテル<ランチョ・デスカンサロ>に投宿したベティとマーロウだが、ある夜ベティが自分の部屋でミッチェルが死んでいると言ってきた。マーロウは行ってみると死体はどこにもない。しかしベティの周りには不思議なことが起こり続ける。

 

 事件解決後ロスに戻ったマーロウに、「長いお別れ」事件で愛し合いながら別れたリンダから電話がかかってくる。「忘れた?」と聞く彼女に「忘れられるわけがない」と応えるマーロウ。多少変わったようでも、最後まで格好いい男でしたね。さようなら。