新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

プライバシー危機、2014(前編)

 僕は日EU政策対話などを通じて、欧州の個人情報保護についていろいろ議論を重ねてきた。欧州各国(全部ではない)のプライバシー保護に関する意識の高さに病的なほどだと驚いた。意識というよりは危機感であって、かつてナチスに支配された国で特に顕著だった。

 

 
 作者のマルク・エルクベルグオーストリア生まれのコラムニスト、広告コンサルタントの経験もある。彼が、迫りつつあるインターネットによる監視社会に、警鐘を鳴らす目的で書いたのが本書。

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 主人公のシンシアは、スマホ程度は持っているがネット社会には縁遠く、突撃取材が得意のジャーナリスト。しかし18歳になる娘のヴィオラやその友人たちは、新世代のスマートデバイスを使いこなしている。
 
 たとえば、初めて眼鏡型のデバイスを掛けたシンシアは眼鏡に映った人のプロフィール(氏名、年齢、住所、嗜好等々)を、見ることができて驚く。これは顔認証技術を使い、データベースに蓄積された膨大な個人情報の一部を開陳したものである。もっと詳しい情報が欲しければ、追加料金を下さいというビジネスモデル。さらにスーパーで買い物をしようとすると「そのトマト、隣のスーパーだと少し安い」などと、おせっかいにも教えてくれる。
 
 このようなネットサービスを提供しているのが「フリーミー」という新興ネット企業。シンシアの娘はグレていたのだが、フリーミーの会員になってからデバイスの指示に従い普通の高校生になり苦手な科目の勉強もするようになる。これは、ネット上で自分の価値が表示されまともな高校生になったり勉強すれば価値が向上するから。ヴィオラの友人の男の子は引っ込み思案なもやしっ子だったが、デバイスの指示に従って積極的になり、スポーツにも打ち込むたくましい青年になってゆく。
 
 さらに必要なアイテムを購入するためのお金は、フリーミーがポイントとして支給してくることもある。ポイントは現金に変換もできるのだ。ただその代償に、参加者は自分の個人情報を提供しなくてはならない。フリーミーは億の単位の個人情報を蓄積しているわけだ。
 
 ある日、ゼロと名乗るネット集団がドローンを駆使して米国大統領を襲いその実況をYouTubeに挙げた。目的はネット社会が市民を過度に監視していることを、世にしめすこと。一方シンシアはヴィオラの友人が事件に巻き込まれ命を落としたことから、フリーミーとその存在に警鐘を鳴らすゼロの抗争に関わることになる。
 
 大統領襲撃で世間の耳目を集めたハッカー集団ゼロは、フリーミーをターゲットに非難攻撃を開始する。例えば、フリーミーの示す「人の価値」が下げられたことで失業しクルマも家も無くしてホームレスになった女性や、フリーミーが「新品を買いなさい」とサゼッションした結果倒産した古着屋の悲劇を紹介する。
 
 しかし皮肉なことに非難されるほどフリーミーにも耳目が集まり、フリーミーの会員が増えてしまう。フリーミーの幹部は、ゼロが官憲に捕まらずに非難を続ける模様をシンシアの所属する<デイリー>に報道させて宣伝に使おうとする。
 
 一方、シンシアの娘ヴィオラの男友達2人が相次いで事故死、いずれも原因はフリーミーにあるようだ。シンシアはフリーミー会員のうち特定の集団の死亡率が、常識では考えられないほどハネ上がった時期があることを突き止める。
 
<続く>