新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

時刻表上の戦い

松本清張「点と線」に始まった日本のアリバイ崩しミステリーだが、森村誠一「新幹線殺人事件」である種の頂点に達した。英米のミステリーにも、このように精緻な「時刻表トリックもの」は見当たらない。日本の鉄道の正確さがその背景にあることは確かだと思うが、さらに新幹線という高速移動手段が実現した事もトリックのバリエーションを広げる効果があった。

 

        f:id:nicky-akira:20190424074525p:plain

 
 先日久し振りに東北新幹線に乗ったが、東京・新白河間が1時間20分だった。頭ではわかっているのだが、その時間感覚が直観的にわからず心理的盲点ができやすい。津村秀介という作家は、多くの時刻表トリックものを書いた。比較的初期の作品が本書である。まだレギュラー探偵の浦上伸介は登場せず、京都府警のベテラン部長刑事が東京から京都にわたる鉄道を駆使したアリバイ崩しに挑む。
 
 名古屋から下りひかりに乗った女性が青酸カリで毒殺され、ひかりが着いた京都では元ヤクザの男が同様に青酸カリで殺される。さらに東京でも事件が起き、警視庁と京都府警の合同捜査が展開される。やがて容疑者がみつかるのだが、京都の事件の日、山梨の石和温泉に宿泊していたことが証明されている。新宿・東京・名古屋・松本・京都・甲府をめぐる大掛かりなアリバイ工作だが、やはりキーとなっているのは東海道新幹線である。
 
 東京から名古屋に行こうとすれば、当時でもひかり号で2時間ほど、これが中央本線経由だと特急でも6時間以上かかってしまう。その間中央本線東海道新幹線を結ぶ鉄道迂回ルートは、八王子から新横浜への横浜線甲府から富士への身延線、辰野から豊橋への飯田線しかない。
 
 メインのトリックのほかに、サイドストーリーで藤沢から新宿へ行くのに、小田急の特急を使う話が出てくる。今なら「湘南ライナー」の方が早いような気もするが、小ネタながら私鉄がでてくるのも楽しい。このシリーズ、2時間ドラマの原作にもなっていてよく見ていた記憶があります。鉄道好きには、たまらないミステリーですよ。