新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

45年前の集団就職列車

 何度も紹介している津村秀介の伸介&美保シリーズ、2000年発表の本書は最後から2冊目の作品である。あと1冊しか本棚に残っていないのは寂しい限りだ。初期のころは鉄道など公共交通機関を使って日本中(時には海外も)走り回って作られたアリバイを崩す面白さが際立っていたのだが、このころになると犯罪の背景、特に動機の設定の仕方が巧妙でリアリティを持ったミステリーになってきていた。

 

 それは作者自身が週刊誌で「黒い事件簿」を担当していたから、実際にレポートした男女の愛憎劇や肉親間の相克などを熟知していたことによる。本書の設定も45年前に弘前から集団就職列車で上京した中卒の同級生の男女、森岡仁吾・カメが結婚して子供をもうけてから遭遇した悲劇に端を発している。

 

 1955年から約20年間、地方から東京へ「金の卵」と呼ばれた若人が東京へとやってきた。彼らを運んだのが集団就職列車である。現代に比べれば格差の少ない時代だったとはいえ、慣れない都会で苦労して経済成長を支えてくれた人たちである。森岡建物解体事業を崎村という相棒と立ち上げ、事業が上向いてきたところで旅行先の京都で事故死する。35歳だった。

 

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 それから20年、21世紀間近の京都で五山の送り火がたかれた夜、京都で連続怪死事件が起きる。ウィークリーマンションで刺殺されていた男、川べりで服毒死した女、その死亡推定時刻には2時間程度しか差がなかった。女のバッグには古い「誓約書」が入っていて、「永遠に毎月、新横浜・京都間の新幹線往復切符購入費用の10倍を支払う」と書いてあった。大げさに血判まで押してある。

 

 男はマンションを女はホテルを同じ日程で1週間の予約で借りていたが、いずれも横浜の人間だった。そして女が森岡夫妻の一人娘だと分かった。京都府警と横浜県警が協力して捜査に当たる中、「毎朝日報」谷田デスクと「週刊広場」の伸介&美保が事件に介入する。

 

 300ページ中、200ページを過ぎてもアリバイは出てこない。森岡カメだけでなく20年前の事件の関係者はほとんどが故人になっている。伸介たちは彼らの過去を知るため、弘前にも足を延ばす。そういう意味でのトラベルミステリーにはなっているのだが、アリバイ自身は複雑なものではなかった。

 

 それよりも「18番ホームの夜行列車」という謎が最後までわかりませんでした。その「トリック」については作者にしてやられましたよ。