新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

東京・名古屋、1962

 大家ではあるが、鮎川哲也の長編ミステリーは22編しかないのだそうだ。そのうち20編には、レギュラー探偵の鬼貫警部か星影龍三が登場する。作者はアリバイ崩しものを鬼貫警部・丹那刑事のコンビを主人公に、密室殺人など不可能犯罪ものを星影龍三を探偵役にして書いた。本書はそのどちらでもない「ノン・シリーズ」のひとつで、トップ屋である「メトロ取材グループ」が主役になる。

 

 トップ屋というのは独立系のジャーナリスト、かつて新聞の黄金時代にはそれなりの存在感があったと聞く。独自の情報網や個人ゆえの機動力で紙面のトップを飾る記事を挙げるのが取り柄だ。「メトロ取材グループ」はそんな個人記者たちを束ねた企業体で、オフィスは神田にある。

 

 ところが同社の紅一点記者映子が、何かの事件を追っているうちに行方不明になってしまい、1か月後に名古屋市内で遺体となって発見される。映子にほのかな恋心をいだていた同僚の杉田は、彼女が残したダイイングメッセージから容疑者を割り出すのだが、彼には犯行が行われたと思われる日に扁桃腺炎の手術で入院していたというアリバイがあった。

 

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 このダイイングメッセージというのが、北京語とロシア語を混ぜ合わせたもので、旧満州に知見の深い作者ならではのものである。また東京と名古屋を結んだ、新幹線がなかった時代のアリバイ工作というのも面白い。警察の捜査が進まない中、杉田と上司の江崎は容疑者に迫るのだが次々に現れる壁に悩まされる。それらを全部クリアした時に、事件は意外な展開を見せる。

 

 おもしろい作品ではあったのだが、全体を通してそれほど派手ではない。それよりも、本書には50ページほどの短編「達也が嗤う」が併載されていて、こちらの方がマニアには嬉しい。なぜならこの作品は日本探偵作家クラブの会合で、犯人あてゲームをした台本だからだ。40ページの問題編、10ページの解決編だけでなくクラブで推理作家たちがどういう回答をしたのかも付記されている。

 

 僕も謎解きにチャレンジしました。作者が仕掛けた2つのトリックは見破ったのですが、最後の題名に隠された罠には気づきませんでした。鮎川先生、すごいですね。